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直美は悪なのか?保険医から見たキャリアの現実と違和感

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最近ですね、研修医が終わったタイミングで、そのまま美容医療に進む、いわゆる「直美」と呼ばれるキャリアが増えてるって言われてますよね。クリニックで働いているとあんまりそんな感じはしないのですが。 あの、これって良い悪いの話、単純じゃないなと思っていて。「自分の人生なんだから好きにすればいいじゃないか」っていう感覚もあるし、でも一方で、何か引っかかる感じもある。 じゃあこの違和感って何なんだろう?今回はそこを、ちょっと整理して(可能な限り)、現場の感覚ベースで話してみようかなと思います。 直美って? 行動としてはシンプルで、「研修終了 → 保険医療には進まず → 美容医療へ」この選択が増えている。 理由も、まあある程度は想像つきますよね。生活習慣病って自己責任っぽく見える部分があるとか、高齢者ばかり診る構造とか、あとは…まあ正直、時間あたりの収益性、いわゆるコスパですね。今の時代、ここはかなり重視される。ただ、この行動が増えたときに、個人としては合理的でも、医療全体としてどうなのか、という視点はあまり語られていない気がします。 まーいいんじゃない? 正直に言うと、個人的には美容に行くこと自体に強い否定はないです。自分の人生なので。ただ、違和感がゼロかというと、そうでもない。 一番大きいのは、キャリアの可逆性ですね。つまり、あとで戻れるかどうか。 総合診療をベースにしていると、内科、救急、在宅、産業医、開業、ホスピタリスト…かなり選択肢が広いんですよね。 一方で、美容に特化すると、その後のキャリアチェンジは、体感としては難しくなる印象があります。 あともう一つ、これはあまり言われないんですけど、教育の問題もあります。 医療教育って、かなりボランティアに近い側面があって。上の世代が時間と労力を使って育てている。でも、その人たちがすぐ別の領域に行ってしまうと、「あれ、これって何のためだったんだろう」という感覚になることもある。 これは感情論かもしれませんが、現場では普通に起きていることです。 美容医療の構造的弱み 少し構造の話をすると、保険医療は「ニーズ」、美容医療は「ウォンツ」に近いです。 つまり、保険医療は「ないと困る」美容医療は「あると嬉しい」この違いは大きい。 例えば経済環境で見ると、保険医療はデフレに強い。美容医療はインフレに強い。ここ数年はインフレなので美容が伸び...

ケースカンファを続ける理由。うまくいかない患者さんほど、学びが多い

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はい、2026/4月も院内ケースカンファを開催しました~!! うまくいかない患者さん、いますよね あの、ちょっと曖昧な言い方になりますけど。説明はしてるし、やるべきことも伝えてる。でも、なぜかうまくいかない方って、いますよね。手を差し伸べても距離を取られたり。こちらが関わろうとすると、スッと線を引かれる感じ。 その場では一応まとまるんですけど、あとでなんか引っかかる。あれでよかったのかな、とか。 まー、正解がある話ではないんでしょうけど。 問題は“病気”ではなく、“関わり方”で止まることがある こういうケースを振り返っていくと、病気そのものというより、「関わり方」で止まっていることが多いです。 例えば、 必要なことが続かない 情報がうまく共有されない 関係性が浅いまま進んでしまう こういった状態ですね。 で、これって単純に「やらない人」ではなくて、本人なりの理由や背景があることが多い。ただ、それが見えない。見えないまま進むと、少しずつズレていく。 この“ズレたまま進む感じ”が、一番扱いにくいところだと思います。 正直、こういうケースは消耗します 現場としては、やっぱり消耗はします。少し関係が良くなったかなと思ったら、また戻ったり。踏み込もうとすると、会話が終わったり。あの、もう少し聞ければ見えてきそうなのに、そこに届かない感じ。 で、内心では 「どう関わるのが正解なんだろう」とか、 「このままでいいのかな」とか、 揺れながら関わっていることも多いです。 きれいに整理できるケースばかりではない、というのが実際ですね。 パーソナリティは“調整する対象” カンファでよく出てくるのが、いわゆるパーソナリティの話です。ここで大事なのは、これを“治す対象”として扱わないこと。むしろ、「どう調整するか」という視点になります。 例えば、 自分でやりたい気持ちが強い 他人に任せるのが苦手 納得しないと動けない こういった特徴があるときに、正論を積み上げても、うまくいかないことが多い。なので、「正しいかどうか」ではなく、「納得できるかどうか」で考える。 この切り替えは、学びとして大きいところでした。 例えばこんな“よくある構造”です 例えば、具体的な症例というより、構造としてはこんな感じです。 本人のこだわりが強い 家族や周囲との関係に少し距離がある 医療側との情報共有が限定的 こうい...

横文字ばっかり!トランスプロフェッショナル!?アドバンスド・エッセンシャルワーカー!? 第7回 在宅医療連合学会 in 長崎 参加報告(後編)

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〜体験記のような、ちょっとした決意表明のような〜 学会の報告、と言いつつも、今回は“体験記”に近いかもしれません。 トランスプロフェッショナル=飛車が龍に成る 在宅医療の現場から見たとき、今回の学会で刺さった話題は、RPAやICTなどのワクワク系話題も数多くありましたが、その一方、静かに胸がざわつくような話題もありました。キーワードは「教育」──特に“ トランスプロフェッショナル ”という考え方に、改めて大きな意味を感じています。 たとえば、医師が看護師の仕事を少し担い、看護師がリハビリや介護に関わる。リハ職が訪問で看護的視点を持つ。こうした垣根の越境は、大病院ではなかなか体感しにくいものかもしれませんが、地域ではすでに“日常”になりつつあります。人口減少が進む今、役割の壁を越えていくことの大切さを、現場が先に感じ始めているのかもしれません。 実際、自分は採血もしますし、膀胱留置カテーテルを入れたりもします。たまに、ですがエンゼルケアをしたりもします。それって病院では基本は看護師さんの仕事ですよね。 教育の場にも、その風が吹いているようでした。講義に「トランスプロフェッショナル」の視点を組み込み始めている学校もあるようで、いずれ地域での連携や働き方が“教育の標準”になる日も近いのかもしれません。 若い人だけではなく、中年の専門家も「自分の仕事じゃねぇ!」「新しい仕事なんて無理!」なんて言わずにちょっとだけチャレンジしてみませんか?飛車が龍に成るみたいじゃないですか!かっこいい…! それにしてもトランスプロフェッショナル…って分かりにくですよね。日本語で言えば、横断的知識を備えた専門家。矛盾した言葉に感じますね。Generalist with Subspecialty…またも英語…表現困難。受け売りですが、西洋の学問は細分化、専門化するほど専門家して評価されます。一方、東洋の学問はいかに統合出来るかも問われるとのことです。そういった意味では東洋の学問の一部を教育に取り入れることは有用かもしれません。

治療抵抗性の苦痛と緩和ケアにおける鎮静の役割:がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版 第3版

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久々に緩和ケア領域で良本に出会いました。なんとPDFは無料で見れます。(コピペ、印刷は不可) 日本緩和医療学会の皆さんに感謝です。 緩和ケアに携わる医師ならば1冊持っていて損はありません。臨床医だけではなく、緩和ケア病棟を研修する前の医学生、研修医にもお勧めですし、緩和ケア病棟看護師、訪問看護師、施設看護師にもお勧めの一冊です。 がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版 第3版 https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/sedation_2023/sedation2023.pdf 冊子を購入したいならば Amazon にも売っています。 この本を読みつつ、個人的な重要なポイントを経験とともにご紹介いたします。 緩和ケアにおいて、患者さんの生活の質(QOL)を高めることが最優先されます。しかし、病状が進行する中で、一部の患者さんは治療抵抗性の苦痛に直面することがあります。このような場合、従来の治療方法では十分な苦痛の軽減が得られず、苦痛緩和のための鎮静(以下、緩和的鎮静)が選択肢として検討されることがあります。本記事では、治療抵抗性の苦痛の概念、緩和的鎮静の意義、その適用に際する倫理的・実践的側面について解説します。 治療抵抗性の苦痛とは 治療抵抗性の苦痛とは、十分な医学的介入や治療を行ったにもかかわらず、患者が依然として経験する強い苦痛を指します。この苦痛は、身体的な痛みだけでなく、精神的、社会的、スピリチュアルな側面を含むことがあります。たとえば、末期がん患者さんにおいて、  身体的苦痛 : 持続する激しい痛みや呼吸困難 精神的苦痛 : 強い不安や抑うつ 社会的苦痛 : 孤独感や家族関係の困難 スピリチュアルペイン : 生きる意味の喪失や死への恐れ これらが複雑に絡み合い、患者さんの生活の質を著しく低下させることがあります。身体的苦痛のみは比較的薬剤で対応がしやすく感じます。最も対応が難しいと感じるのはスピリチュアルペインです。また、精神的苦痛はスピリチュアルペインと混ざって表現されることが多々あります。 この冊子の良いポイントは鎮静にこだわらず、緩和ケア全般の知識を学べることです。スピリチュアルペインに対する会話の表現方法なども例示されており、分かりやすく作られています。(...

若手医師のキャリア振り返り会に参加して感じたこと

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先日、佐賀大学総合診療部で開催された「若手医師のキャリア振り返り会」に参加しました。この会は、研修医や若手医師たちが自身のキャリアを振り返り、今後の進路や目標を見つめ直す機会として行われています。医師2年目から5年目くらいまでの先生方が参加し、それぞれの経験や考えが共有されました。この医師の期間を専攻医と言います。研修医と指導医の間ですね。 専門医取得の道のりと課題 特に印象的だったのは、内科専門医取得のために必要な「症例登録と考察」に関する意見交換です。このプロセスは、登録する症例数が増加しているため、以前よりも大変になっていそうです。例えば、かつては25例程度だった症例登録が現在では50例以上必要であり、それに伴うレポート作成や考察の時間確保が難しいようです。 さらに、若手医師たちは夜勤や救急対応に追われる中で、研究や症例考察の時間を確保する難しさがあるのではないかと思います。少し時間が空いても、病棟から電話がなって集中できないことは自分もありました。集中してきたー!と思ったら、熱発のコールや病状説明依頼があるんです。こうやって第一領域(重要かつ緊急)の仕事に押しつぶされて、第二領域(重要だが急がない)に時間が割けないことは問題です。こうした状況に対し、上級医が臨床現場から離れる時間を若手医師のためにサポートし、研究や振り返りの時間を確保する仕組みづくりがあっても良いのかもしれません。 そういった時間を大学病院で取ることは良いことだと思います。大学病院は論文や研究資料へのアクセスのしやすさが開業医より段違いに良いです。一方で、開業医になると、そのようなリソースが限られているため、情報収集が難しくなるという現実があります。このような点から、定期的に大学病院での研究時間を確保する仕組みや、リソースの共有ができる環境は重要ではないかと考えています。 自身のキャリア振り返り 今回の会を通じて、私自身のキャリアを振り返る機会となりました。私は跡継ぎとして自然な流れで開業医の道を選びましたが、各専門科の最先端医療だけではなく、基礎となる病態をもっと勉強していれば良かったという後悔もあります。また、家庭医療学との出会いが私の価値観を大きく変え、高齢化社会におけるその有用性を強く感じています。家庭医療学は臨床医学の基礎だと思っていますので、専門医に進む先生、研修医の先生にもお勧...