アジテーションとは“伝えきれない不安”――認知症ケアの現在地と新たな選択肢

2025年5月26日、佐賀市「グランデはがくれ」にて開催された講演会に参加しました。講師は早津江病院の院長・松永先生。テーマは「アルツハイマー型認知症に伴うアジテーション」、いわゆるBPSD(行動・心理症状)のひとつです。

アジテーション(agitation)とは、患者さんが落ち着かずにそわそわしたり、怒りっぽくなったりする状態。個人的には易怒性や易刺激性とも言っています。ときに暴言や徘徊といった行動も見られ、ご家族や施設スタッフなどケア提供者の大きな負担になります。でも、その背景には、「理解してもらえない」「居場所がわからない」――そんな伝えきれない不安があると、松永先生は語ります。

特に印象に残ったのは、「本人にとって“アジテーション”は苦しみであり、生きづらさのサインなのだ」というメッセージでした。介護する側はつい“困った行動”と捉えがちですが、そこに気づくことが、ケアの出発点になりそうです。アジテーションをケア提供者が怒って対応すると悪循環に陥ってしまうことも印象的でした。(ベテランヘルパーさんからは当然と言われそうですが…)

アジテーションはケア提供者の消耗だけではなく、経済的にも悪影響です。アジテーションが医療費にもたらす影響について、米国の研究(Teiglandら, 2024)では、アジテーションのある患者の年間医療費は32,322ドルで、非該当患者より2,200ドル以上(32万円!)高いと報告されています。入院や急性期ケアが増え、家族・地域の負担も大きくなるのです。

講演では、新たな治療薬「レキサルティ(ブレクスピプラゾール)」についても紹介がありました。これは2024年、新たにアルツハイマー型認知症に伴うアジテーションへの適応が認められた薬です。
日本で行われた第II/III相試験では、CMAI(

日本で行われた第II/III相試験では、CMAI(Cohen-Mansfield Agitation Inventory)スコアがプラセボ群に比べて有意に改善。たとえば1mg群では10週間で-8.5点の改善を示し、プラセボとの差は-1.7点(p=0.0089)と、統計的にも明確な効果が見られました。改善のスピードは2週間で有意差が出ていました(現場が2週間は待てるか!?)。

ただし、副作用もゼロではありません。特に2mg群ではアカシジア(じっとしていられない症状)が23.6%とやや多く、患者さんの状態に合わせた慎重な投与判断が求められます。非薬物療法で対応困難なときの“次の一手”として考える位置づけです。

混合型認知症やパーソナリティが影響していそうな認知症への使用経験をご質問させてもらいました。副作用が比較的軽微な薬剤であり、治療的診断を行いながら対応していくことを教えて頂きました。

本当はもう一個質問がありましたが、質問の機会がありませんでした。「メマンチンとレキサルティをどちらから始めるか?」が問いです。メマンチンの適応が中等度のアルツハイマー型認知症ですので、軽症の場合はレキサルティかもしれませんし、メマンチンの副作用がレキサルティより軽い印象もありますので、メマンチンから試すのも一手かもしれません。こちらは精神科の先生に機会があれば相談してみたいと思います。

私たちのクリニックでも、こうした認知症症状への理解と支援を大切にしています。例えば、「夜中に落ち着かない」「最近、怒りっぽくなった」…そんな変化が続くとき、それは本人なりの“サイン”かもしれません。まずは相談からで構いません。患者さん御本人、家族、地域のためにアジテーションのコントロールは大切だと感じた夜でした。

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