治療抵抗性の苦痛と緩和ケアにおける鎮静の役割:がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版 第3版


久々に緩和ケア領域で良本に出会いました。なんとPDFは無料で見れます。(コピペ、印刷は不可)日本緩和医療学会の皆さんに感謝です。緩和ケアに携わる医師ならば1冊持っていて損はありません。臨床医だけではなく、緩和ケア病棟を研修する前の医学生、研修医にもお勧めですし、緩和ケア病棟看護師、訪問看護師、施設看護師にもお勧めの一冊です。

がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き 2023年版 第3版

https://www.jspm.ne.jp/files/guideline/sedation_2023/sedation2023.pdf

冊子を購入したいならばAmazonにも売っています。

この本を読みつつ、個人的な重要なポイントを経験とともにご紹介いたします。

緩和ケアにおいて、患者さんの生活の質(QOL)を高めることが最優先されます。しかし、病状が進行する中で、一部の患者さんは治療抵抗性の苦痛に直面することがあります。このような場合、従来の治療方法では十分な苦痛の軽減が得られず、苦痛緩和のための鎮静(以下、緩和的鎮静)が選択肢として検討されることがあります。本記事では、治療抵抗性の苦痛の概念、緩和的鎮静の意義、その適用に際する倫理的・実践的側面について解説します。

治療抵抗性の苦痛とは

治療抵抗性の苦痛とは、十分な医学的介入や治療を行ったにもかかわらず、患者が依然として経験する強い苦痛を指します。この苦痛は、身体的な痛みだけでなく、精神的、社会的、スピリチュアルな側面を含むことがあります。たとえば、末期がん患者さんにおいて、 

  • 身体的苦痛: 持続する激しい痛みや呼吸困難
  • 精神的苦痛: 強い不安や抑うつ
  • 社会的苦痛: 孤独感や家族関係の困難
  • スピリチュアルペイン: 生きる意味の喪失や死への恐れ

これらが複雑に絡み合い、患者さんの生活の質を著しく低下させることがあります。身体的苦痛のみは比較的薬剤で対応がしやすく感じます。最も対応が難しいと感じるのはスピリチュアルペインです。また、精神的苦痛はスピリチュアルペインと混ざって表現されることが多々あります。

この冊子の良いポイントは鎮静にこだわらず、緩和ケア全般の知識を学べることです。スピリチュアルペインに対する会話の表現方法なども例示されており、分かりやすく作られています。(改めて編集員の皆さんに感謝)

余談ですが、認知症を患った患者さんでスピリチュアルペインで困ることは比較的少なそうです。「な~んも困っとらん、うふふ~」

緩和的鎮静とは

緩和的鎮静とは、治療抵抗性の苦痛を軽減するために、意識レベルを意図的に低下させる医療的介入の一つです。この手法は、患者さんが耐え難い苦痛を経験している場合に、最後の手段として用いられます。最後の手段と言っても以下の通りの段階があります。

緩和的鎮静の目的

緩和的鎮静の目的は、患者さんが苦痛から解放され、穏やかで安らかな状態を保つことです。この方法は、決して生命を短縮することを意図していない点が重要です。患者さんの尊厳を守りながら、苦痛を和らげることが最優先されます。

この冊子でも紹介されていますが、統計的な予後短縮効果はないようで、研究によっては予後を延長したものさえもあります。

また、当院では使用する薬剤は、寝ながら胃カメラや大腸カメラの時に使用する薬剤と一緒です。胃カメラで寿命が縮まないように、緩和的鎮静は安楽死とは異なります。

緩和的鎮静の適用プロセス

緩和的鎮静を行う際には、慎重なプロセスが求められます。以下は、その主なステップです。

1. 適応の評価

緩和的鎮静の適応を判断する際、以下の条件を検討します:

  • 治療抵抗性の苦痛が存在すること。
  • 他の治療法や介入が効果を示さないこと。
    • この冊子の良いところは他の介入方法の例も提示してあります。感謝!
  • 患者さんの同意が得られていること。

2. 患者と家族との意思決定

緩和的鎮静を行うか否かは、患者さんや家族との十分な話し合いを経て決定されます。この際、

  • 緩和的鎮静の目的や方法
  • 期待される効果とリスク
  • 他の選択肢

について分かりやすく説明することが大切です。

3. 倫理的配慮

緩和的鎮静は、生命倫理の観点からも慎重に検討されるべきです。特に、「治療の中止」や「安楽死」と混同されないようにすることが重要です。医療者は、患者さんの意志と価値観を尊重しながら、倫理的に正当化される形で実施する必要があります。

4. 実施とモニタリング

緩和的鎮静は、医療チームが計画的に実施し、患者さんの状態を継続的にモニタリングします。通常、鎮静薬としてベンゾジアゼピン系薬剤やバルビツール酸系薬剤が用いられます。患者さんの意識レベルやバイタルサインを定期的に確認し、適切な鎮静レベルを維持します。

緩和的鎮静に関する課題

緩和的鎮静は、多くの医療者や家族にとって感情的・倫理的な葛藤を引き起こす可能性があります。

1. 医療者間の意見の相違

医療チーム内で緩和的鎮静の適用に対する意見が分かれることがあります。このような場合、医療倫理委員会の意見を仰ぐことで、合意形成を図ることができます。医療倫理の4分割表などを使う手段もありますが、1人クリニックだと難しいですよね?意見が異なっている場合は、情報収集を追加で行うこともありますし、妥協案で経過を見ることもあります。(妥協案についても記載があります。感謝!)

2. 家族の理解不足

家族が緩和的鎮静の意図を正しく理解できない場合、不要な不安や疑念を引き起こすことがあります。医療者は、家族への説明を丁寧に行い、疑問や懸念に真摯に対応することが求められます。

家族は「苦痛が緩和されないこと」と「コミュニケーションが取れなくなることへの不安」の2つの天秤に葛藤を感じているように思います。個人的には、緩和的鎮静を検討する段階になると既にコミュニケーションは困難になっていることが多いので、デメリットは少なく、メリットが多いことをお話すると安心されることが多いですね。

3. 社会的誤解

緩和的鎮静が「生命を短縮する行為」と誤解されることがあります。このような誤解を解消するためには、医療者自身が緩和的鎮静の正しい理解を深め、社会に向けた啓発活動を行うことが重要です。

実際、緩和的鎮静は、ホスピス・緩和ケア病棟では 15~20%、在宅では 14%程度と想定されているようで、そんなに稀なことではありません。

緩和的鎮静の将来展望

緩和的鎮静は、患者さんのQOLを高めるための重要な選択肢であり続けます。しかし、今後さらにその適用が広がる中で、以下のような取り組みも求められるのかもしれません。

  • エビデンスの蓄積: 緩和的鎮静の効果や安全性に関するデータを蓄積し、ガイドラインの改訂を進める。
  • 教育と研修: 医療者が緩和的鎮静を適切に理解し、実施できるようにするための教育プログラムを充実させる。
  • 社会的理解の促進: 一般の方々が緩和的鎮静について正しい知識を持てるよう、情報発信を行う。

まとめ

治療抵抗性の苦痛に直面する患者さんにとって、緩和的鎮静は最後の手段として重要な役割を果たします。この方法は、患者さんの尊厳を守りながら、苦痛を軽減し、穏やかな最期を迎えるための支えとなります。緩和ケアの一環として、患者さんや家族、医療者が協力し合いながら適切な意思決定を行うことが大切です。今後も緩和的鎮静に関する理解を深め、より良いケアの実現を目指していきましょう。

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