「受付は診療ではない」のか? 財務省の提案から考える、医療格差と地域医療の話


今日は子どもの2者面談のために小学校まで歩いていきましたが、暑くて溶けそうになりました。さて、今回は日経新聞からのニュースですね。

最近、財務省の財政制度等審議会が「病院や診療所の窓口業務にかかる費用を、公的医療保険の対象外にできないか」という提案をした、という報道がありました。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA152KP0V10C26A7000000/

簡単に言うと、

  • 診察や検査は保険診療

  • 受付・予約・会計などの窓口業務は自己負担

に分けられないか、という話です。

ニュースとしては地味ですが、私はかなり大きな論点だと思っています。医療関係者もまあまあ反応していたと思います。しかも、「病院の受付の費用を別に払うくらいなら数百円でしょ?」という話では済まない可能性があります。

今日は、現場で診療している立場から、この提案をどう見ているのかを書いてみます。こういう話題は二木先生のゼミや資料を見ているとかなり危機感を覚える内容なんですよね。

COI:私の考え方はかなり二木先生のバイアスを受けています

財務省の提案は、そんなにおかしい話なのか?

まず、公平に言うと、財務省の問題意識自体は理解できます。社会保障費は増え続けています。現役世代の保険料負担も重くなっています。「可能な限りサービスを診療報酬の外に出したいぃぃぃぃぃ!!!」という疑問は、財政を考える立場として自然です。

また、オンライン診療では「システム利用料」を患者さんから別途徴収できるようになりました。それなら、対面診療の窓口業務も同じように考えられるのではないか、という理屈です。

ここまでも、筋の通っている(かもしれない?)議論です。→後述

ただ、私も「医療費を抑える努力は不要だ」とは思っていません。問題は、その次です。

一番違和感があるのは「受付は診療ではない」という前提

報道を読んでいて、私が一番引っかかったのはここでした。「窓口業務は診療行為そのものではない」たしかに、受付で聴診器を当てるわけではありません。採血をするわけでもありません。

でも、現場で働いていると、受付業務を「診療とは無関係」と言われると、かーーーーなり違和感があります。多くの方が想像する受付は、保険証を確認する、受付番号を渡す、会計をする、くらいかもしれません。しかし実際には、もっと複雑です。

受付で行われているのは、実は「医療アクセスの調整」

例えば、電話がかかってきます。

「熱があるんですが受診できますか?」

「健康診断の結果が悪かったんですが、急いだ方がいいですか?」

「胸が苦しいんですが、今日見てもらえますか?」

「いつもの薬が切れたんですが、数日様子を見ても大丈夫ですか?」

これに対して、受付スタッフは機械的に予約を入れているわけではありません。緊急性はあるか、当院で対応できるか、救急受診が必要か、何科が適切か、どの時間帯に入れるべきかを判断し、必要なら看護師や医師に確認しています。

つまり、「医療へつなぐ最初のトリアージ」 を担っています。患者さんから見ると「受付」でも、医療機関から見ると「アクセス調整」です。

うちの受付も、かなり医療的な仕事をしています

これは自院の話ですが、受付スタッフは単に予約を取っているだけではありません。発熱患者さんの動線調整、在宅患者さんの急変連絡の整理、他院からの紹介受け入れ、健診異常の相談、書類や検査予定の管理、レセプトの確認など、か~~~~~なり多彩な業務をしています。

正直、初診料や再診料に含まれている金額だけで十分賄えているかと言われると、そうではありません。むしろ、患者さんに安心して受診してもらうために、医療機関側が持ち出している部分も大きいです。だから、「受付は診療ではないので自己負担にしましょう」という議論は、現場感覚としてはかなり乱暴に聞こえます。

ここらへん、以前のブログにも書いています。

受付の態度が悪いって言われやすい理由

オンライン診療を基準にするのも、少し変な気がする

今回の議論では、オンライン診療のシステム利用料が引き合いに出されています。でも、私には逆に思えます。オンライン診療の追加料金は、比較的新しく認められた制度です。

普通に考えるなら、既存の対面診療に合わせる、追加料金が必要ならオンライン側を見直す、という方向の方が自然ではないでしょうか。

ところが今回の議論は、「オンラインで追加徴収できるなら、対面でも徴収できるようにしよう」です。

例えるなら、5教科すべて合格点60点だった学校で、英語だけ70点に変わったから、他の教科も70点にしよう、と言っているようなものです。しかも、患者負担を増やす方向で。このあたりが、私が「筋悪」と感じる理由です。

本当に困るのは誰か?

ここが一番重要です。窓口費用が自己負担になった場合、影響を受けるのは誰でしょうか。「数百円なら払える」と思う人も多いと思います。でも、問題は金額そのものではなく、受診のたびに発生すること です。

1. 何度も通院する人

高血圧、糖尿病、心不全、腎臓病など、慢性的に通院が必要な人は、毎回追加負担になります。

2. 高齢者

受診回数が多く、予約変更や電話相談も多い。窓口業務の影響を受けやすい層です。

3. お金に余裕がない人

これは実際に診療していて感じます。「お金がないので検査は次回に」「薬だけにしてください」「最低限の検査にしてください」という相談は、珍しくありません。数百円でも受診を遅らせる人はいます。

格差は「医療費」だけではない

さらに怖いのは、格差が医療費だけでなく、医療アクセス に広がる可能性です。

例えば、将来的に追加料金を払えば早く予約が取れる、当日受診枠が確保される、優先的に調整されるという仕組みが広がったらどうでしょう。

海外では、保険の種類や追加料金によって待ち時間が変わる国が沢山あります。日本の国民皆保険は、「同じ病気なら基本的に同じ条件で受診できる」ことが大きな特徴です。

窓口料金の自由化は、その入口を少しずつ変える可能性があります。

皮肉ですが、病院経営にはプラスかもしれない

実は、この制度、医療機関にとっては利益になる可能性があります!というよりその可能性は高いです。現在、事務スタッフの人件費は上がっています。診療報酬だけでは十分賄えない場面も増えています。

もし窓口費用を自由に設定できれば、手厚い受付、丁寧な電話対応、スムーズな予約調整、に対して追加料金を取れるようになります。

つまり、良いサービスを提供する医療機関ほど収入を増やしやすくなる。経営だけを考えれば、ありがたき合理的です。だからこそ、私は単純に「財務省けしからん」とは言いません。むしろ、財務省ナイス!です。

問題は、国民全体としてそれを望むのか です。国民の一人としては、病気ってなりたくてなっている訳ではないので、

効率化の余地はある。でも方向が違う

では、窓口業務は効率化できないのか。できます。ただ、現場から見ると、本当に大きいのは診療報酬制度の複雑さ、膨大な事務書類、細かすぎる算定ルール、頻繁な制度変更です。

つまり、犯人の一人は行政です。(まぁその裏にいるのは荒稼ぎした同業者なのですが)その行政が効率化を叫ぶ!!完全にダブスタです。

逆に言えば、「弱い人への対応」を減らせば、もっと効率化できます。電話相談を受けない、高齢者対応を簡略化する、説明時間を減らす。

でも、それは本当に良い医療なのかな???

江口医院として考えていること

私たちは、「弱者救済のために自己犠牲をするべきだ」と言いたいわけではありません。医療機関も持続可能でなければなりません。赤字では続きません。だから、経営も大事です。

その上で、地域医療として守りたいのは、「困った時に、ちゃんと受診できること」です。今は病気でない人でも、「何かあったらあそこに相談すればいい」と思えること自体が、地域医療の価値だと思っています。

警察や消防に近い部分があります。普段使わなくても、存在していることで安心できる。それが地域のクリニックの役割の一つです。

最後に

今回の議論は、「受付を有料にするか」という話に見えます。でも本質は、医療への入口を、どこまで市場化するのかという話だと思います。

(引用:マンガ「賭博黙示録カイジ」)

私は、社会保障費の抑制が必要なことも理解しています。効率化も必要です。ただ、その結果として、お金のある人ほど早く受診できる、迷っている人が受診をやめる、高齢者や慢性疾患の人ほど負担が増える、ような制度になるなら、慎重であるべきだと思います。

逆に、国民がそれで良いじゃんと思えればそれもありだと思います。が、続いて混合診療への開放、医療費の総額の増加など良いイメージが浮かばないんですよね。

制度は変わるかもしれません。でも、「困った時に、誰でも医療につながれる」という価値だけは、簡単に失ってはいけないのではないでしょうか。

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