湿布の処方と医療費の話――医師は何を考えて出しているのか

湿布は、本当に簡単な話なのか

最近、「湿布を保険でどこまで出すのか」という話題が出ています。

市販薬と似た薬、いわゆるOTC類似薬について、保険給付を見直すという議論です。報道では、OTC類似薬について薬剤費の一部を追加で患者さんに負担してもらう制度案や、日常的に医師が使用を指示している湿布などは対象外にする案が出ているようです。

これに対して、ネット上ではいろいろな意見があります。

「湿布くらい自分で買えばいい」
「医療費のムダではないか」
「いや、慢性的な痛みがある人には必要だ」
「薬局で買うと高いから困る」

まー、どの意見も、ある程度は分かります。っていうか、まぁ根治的ではないですからね。気持ちは分かります。ただ、地域の診療所で実際に患者さんを診ている立場からすると、湿布の話は、そんなに単純ではないんですね。

「湿布はムダか、ムダではないか」

この問いだけで考えると、たぶん大事なところを見落としていると思うんですよ。

事件は会議室で起きていない

医師は盲目的に湿布を出しているわけではないってこと、ここはお伝えしたいところです。医師は、何も考えずに湿布を出しているわけではありません。もちろん、昔ながらの流れで「いつもの湿布をください」と言われて、そのまま処方されている場面も、あると思います。そこは否定しません。

ただ、少なくとも現場では、「この痛みは湿布でよいのか」「飲み薬の痛み止めの方がよいのか」「胃腸や腎臓への負担はどうか」「高齢の方で内服薬を増やす方が危なくないか」「そもそも骨折やがんなど、別の病気が隠れていないか」そういうことを考えながら処方しています。

湿布は軽く見られがちですが、医師にとっては「痛みをどう扱うか」という医療の一部です。そして、痛みを抑えることも医療の一つです。

根本的に病気を治す薬だけが医療なのか、というと、そうではありません。

いや症状緩和しないと、患者満足度は極めて下がります。結果、医療への不信感も強まります。医療不信になると、医師の声より、検査の結果を信じるようになります。

湿布を出さない方がいい場面もある

実際の診療では、湿布を出さない方がよい場面もあります。例えば、何年も同じ場所が痛いと言っている方に、ずっと湿布だけを出していると、本当の原因を見逃すことがあります。

骨折、神経痛、関節の炎症、がんの骨転移、感染症など、痛みの背景にはいろいろな病気があります。

「湿布を貼って様子を見ましょう」で済ませてはいけない痛みもあります。

一方で、湿布で十分な場面もあります。ちょっとした筋肉痛、軽い腰痛、肩こりに近い痛み、打撲後の痛みなどでは、内服薬を増やすより、湿布で局所的に対応した方が安全なことがあります。特に高齢の方では、飲み薬の痛み止めで胃が荒れたり、腎機能が悪くなったり、血圧が上がったりすることがあります。

そう考えると、「湿布は軽い薬だからムダ」とも言い切れません。むしろ、湿布で済むなら、その方が全体として安全なこともあります。

痛み止めは「根本治療」ではないが

湿布は、多くの場合、痛みや炎症を抑えるために使います。ただし、湿布を貼ったからといって、骨折が早く治るわけではありません。変形した関節が元に戻るわけでもありません。これは、カロナールなどの解熱鎮痛薬でも同じです。熱を下げる、痛みを抑える。けれど、原因そのものを直接治しているわけではないことも多いです。

では、原因を治していない薬は全部ムダなのか。そう言われると、かなり難しい話になります。

骨折の痛み止めも、極端に言えば、なくても骨は治っていきます。でも、痛いから使います。

出産時の痛みを和らげる医療も、痛みがあっても分娩そのものは進むかもしれません。でも、痛みを和らげることには意味があります。

がんの痛みを抑える薬も、がんそのものを消すわけではありません。でも、その人の生活を支える大事な医療です。

つまり、医療は「病気を根本から治すこと」だけではありません。

症状を和らげること。
生活を守ること。
不安を減らすこと。
動ける範囲を少しでも保つこと。

これも医療ですよね。

そして湿布の話は、実はこの大きな問いにつながっています。

「効果が低い」とは誰が決めるのか

保険診療の中で、効果が乏しい治療を見直すという考え方は理解できます。

医療費は無限ではありません。

保険料も税金も、誰かが負担しています。

だから、「本当に必要な医療に財源を使う」という考え方は大事です。

ただ、問題はここです。

「効果が低い」とは、誰が、どの基準で決めるのか。

医学的な効果だけで見るのか。
患者さんの生活上の助かり具合も見るのか。
痛みが少し軽くなることを、どこまで評価するのか。

例えば、湿布を貼ることで、買い物に行ける。
夜に眠れる。
畑仕事が少しできる。
デイサービスに行ける。
介護する家族の負担が少し減る。

こういう効果は、数字にしにくいです。でも、本人にとっては大きいことがあります。

「もらっている人からすれば、ムダではない」

湿布も、効果を確認した上で保険適用されている

ここで大事なのは、湿布も「なんとなく効きそうだから」使われているわけではない、ということです。

医療用の湿布薬は、きちんと症状の改善効果を確認した上で、保険診療の中で使われています。例えば、臨床成績では、腰痛症に対して1日2枚1回の使用で、中等度改善以上が63.0%、軽度改善以上が89.8%と報告されています。変形性関節症では中等度改善以上が68.0%、軽度改善以上が93.4%です。

肩関節周囲炎では中等度改善以上が61.1%、軽度改善以上が86.3%、腱・腱鞘炎では中等度改善以上が69.4%、軽度改善以上が83.3%とされています。筋肉痛では中等度改善以上が90.7%、軽度改善以上が97.3%、外傷後の腫脹・疼痛でも中等度改善以上が83.3%、軽度改善以上が97.6%と、一定の症状改善が示されています。

つまり、湿布は「気休め」だけで採用されている薬ではありません。

もちろん、湿布で骨折が早く治るわけではありません。変形した関節が元に戻るわけでもありません。けれど、痛みを和らげる、腫れを軽くする、日常生活を少し楽にするという意味では、一定の効果が確認されている薬です。

だからこそ、医師としては「湿布だから軽い」「湿布だからムダ」と単純には考えていません。

たとえば80代の腰痛と湿布

例えば、80代の女性がいるとします。

腰が痛い。でも、痛み止めの飲み薬を使うと胃が痛くなる。腎臓の数値も少し悪い。血圧も高め。転倒歴もある。

こういう方に、強い痛み止めを飲ませるのは慎重になります。そこで、診察をして、明らかな骨折や危険な病気がなさそうで、局所の筋肉痛や変形性腰椎症の痛みが中心と考えた場合、湿布を使うことがあります。

この場合の湿布は、単なる「おまけ」ではありません。内服薬を増やさずに痛みを和らげるための選択肢です。もちろん、何十袋も漫然と出すのは違います。

「どこが痛いですか」
「どのくらい使っていますか」
「貼って本当に楽になりますか」
「かぶれはありませんか」
「痛みが変わってきていませんか」

こういう確認をしながら、必要な分を考える。それが本来の処方だと思います。

現場が困るのは、中途半端な線引き

今回の議論で、現場として一番困る(めんどくせー)のは、中途半端な線引きです。

「この人は対象外です」
「この人は追加負担です」
「医師が日常使用と判断したら対象外です」

こういう仕組みになると、患者さんからすれば当然こうなります。

「なんであの人は湿布をもらえて、自分はダメなんですか」
「前は出ていたのに、なぜ急に変わったんですか」
「先生が必要と書いてくれればいいんじゃないですか」

これは本当に起こります。

制度を作る側は、例外を作ることで丁寧に配慮しているつもりかもしれません。でも、現場ではその例外が混乱を生みます。患者さんも混乱します。医療事務も混乱します。医師も説明に時間を使います。薬局も対応に困ります。

だから、もし制度を変えるのであれば、現場が説明できる基準にしてほしいのです。

「この場合は保険」「この場合は追加負担」「この場合は自費」

それが、患者さんにも医療機関にも分かる形でないと、結局、診察室の中で不信感が生まれます。

湿布が必要か、一緒に考えてよい

では、患者さん側はどうしたらよいのか。まず、「湿布をください」と言うこと自体は悪いことではありません。痛みがあるなら、遠慮せずに相談してよいです。ただ、その時に少しだけ情報を教えてもらえると、診療はかなり変わります。

例えば、「どこが痛いのか」「いつから痛いのか」「動くと痛いのか、じっとしていても痛いのか」「湿布を貼ると本当に楽になるのか」「何枚くらい使っているのか」「かぶれないか」「痛みがだんだん強くなっていないか」

こういう情報です。

湿布が必要な痛みもあります。湿布では済ませない方がよい痛みもあります。飲み薬を使わない方がよい人もいます。逆に、湿布だけで引っ張らず、検査や専門医紹介を考えた方がよい人もいます。

なので、「湿布を出すか出さないか」ではなく、「この痛みに対して、今どうするのが一番よいか」を一緒に考えるのが大事です。

保険をムダ遣いしない。でも痛みも軽く見ない

当院としては、保険診療をムダ遣いしてよいとは考えていません。必要のない薬を漫然と出すことは、患者さんのためにも、社会全体のためにもなりません。

湿布も同じです。必要がなければ減らす。効いていなければ見直す。長く続く痛みなら原因を考える。内服薬の方が危ない場合は、湿布を選ぶ。生活に必要な痛みのコントロールなら、きちんと意味を考えて使う。

そういう姿勢で診療しています。

医療費を守ることと、患者さんの痛みを軽く見ることは、同じではありません。ここを混同したくないのです。

「湿布はムダ」と一言で切るのは簡単です。でも、実際の診療では、痛みを抱えている人が目の前にいます。

その人が、今日眠れるか。明日歩けるか。家事ができるか。介護を受けながらでも生活を続けられるか。そこまで含めて、医療です。

本当にムダな医療とは何か

本当にムダな医療とは何でしょうか。これは、実はかなり難しい問いです。結果的に異常がなかった検査は、ムダだったのでしょうか。痛みを少し和らげただけの薬は、ムダだったのでしょうか。本人が安心して生活できたことは、医療の効果に含めてよいのでしょうか。

きれいに答えが出る話ではないと思います。ただ一つ言えるのは、医師が何も考えずに湿布を出している、という見方だけでは、現場の実態とは少しズレます。

保険診療は、患者さんのための制度であると同時に、社会全体で支えている制度です。だからこそ、必要なものは必要と言う。不要なものは見直す。でも、痛みや生活のつらさを軽く扱わない。そのバランスを、診察室の中で一つひとつ考えていきたいと思っています。

湿布の話は、小さな話に見えて、実は医療のあり方そのものに関わる話です。

皆さんは、どこからが「ムダな医療」だと思いますか。

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