施設看護師と訪問看護師は「対立」するものなのか? 在宅医療の現場で感じる役割の違い


施設看護師と訪問看護師、「見ている景色」が少し違う

はーい、今回は施設看護師さんと訪問看護師さんの話ですね。在宅医療をやっていると、やっぱりこの2つの立場って、ちょっと見てるものが違うなあと感じることがあります。

もちろん、どっちが正しいとか間違ってるとかではないんですよ。役割が違うので、優先順位が変わるんですね。

例えば、施設看護師さんって、ある意味「全体最適」を見ています。

施設全体が安全に回るか。
他の利用者さんとの兼ね合いはどうか。
夜勤体制で回るのか。
職員配置はどうか。

そういう、“システム全体”を見る視点が強い印象があります。

一方で、訪問看護師さんは、比較的「局所最適」に近いです。

この患者さんにとってベストは何か。今この人に必要なケアは何か。

そこをかなり深く見ていく。

なので、両方とも患者さんを見ているんですが、見ている角度が違うんですね。で、その違いが時々、「なんかズレてるな」に見える。

でも、個人的には、そのズレを責めるより、「どこに落とし所を作るか」を考えた方が、結局みんなハッピーなんじゃないかなと思っています。

連携がうまいチームは、「否定」から入らない

現場を見ていて、「この訪問看護ステーションさん、連携うまいな」と感じるところってあります。そういうところは、ブラッシュアップは求めるんですけど、頭ごなしに否定しないんですね。

「あんたたちの看護、何なの?」みたいな言い方は、まずしない。入院でもありますよね?「このケアで褥瘡できたんじゃない?」みたいな感じ。まー、当然と言えば当然なんですが、でも忙しい現場だと、つい感情が先に出ることもあります。

ただ、結局それって、相手のモチベーションを削るんですよね。で、モチベーションが削られると、患者さんに返っていく。

だから、うまいチームって、「患者さんとのコミュニケーション」だけじゃなくて、「チームとして最大限アウトプットを出すためのコミュニケーション」を考えてる感じがあります。

ここ、かなり大事だと思っています。

施設側から見えにくい訪問看護

施設看護師さん側が、もう少し訪問看護を柔軟に使ってもいいのかな、と思うことはあります。もちろん介護保険や制度上の制約はあります。

でも、「このケア、そちらでできませんか?」「ここ、少し協力できませんか?」みたいな相談は、もっとしてもいい気がしています。

訪問看護って、“全部お願いする”か“全く頼まない”かではなくて、その中間も結構あるんですよね。

訪問看護側から見えにくい施設の現実

逆に、訪問看護師さん側が、施設の業務量を読み切れていないこともあります。施設って、1人を見ているわけじゃないんですよね。重症者が増えると、一気に全体が忙しくなる。しかも、施設によって「どこまで医療処置をするか」のスタンスがかなり違います。

「うちは医療処置は最小限です」という施設もありますし、「ある程度はやります」という施設もあります。

ここを共有せずに、「なんでやってくれないんですか?」になると、お互い苦しくなる。

なので、ケア開始前に、どこまでできるか、何が難しいか、誰が担うかとかをすり合わせるだけでも、かなり変わる気がしています。

在宅医療は、思っている以上に情報共有が難しい

これ、一般の方には意外かもしれませんが、在宅医療って情報共有がかなり難しいです。病院みたいに、みんなが同じ電子カルテを見てるわけじゃない。施設、訪問看護、クリニック、ケアマネージャー、ヘルパーさん。それぞれ別システムだったりします。

情報がずたずたに分断されやすい。だから、「連携悪いな」と利用者さんや家族が感じる時って、結局は情報共有の問題が多いんですよね。「あれ、聞いてない」「それ先に言ってほしかった」「話が違う」こういうのって、悪意というより、“構造上起きやすい”んですよ~。甘えるわけではないけど…努力してるんです。

なので最近は、ICTやデジタルツールを使って、どう合理化するかをみんな頑張っています。まだ、まー、簡単ではないですけど、診療報酬がついて少しずつ進んできた感じがありますね。

例えば、こんなケースがあります

例えば、施設で看取りをするかどうか、という話。「うちの施設では看取りは難しいです」という施設もあります。もちろん、無理にやってくださいとは思いません。

ただ個人的には、自宅で看取りができるなら、施設でも本来は不可能ではないと思っています。でも、それを押しつけたいわけでもない。

結局、「できる」「できない」だけではなくて、人員体制、経験、夜間対応、家族支援、施設方針などなどいろんな要素が絡みます。最近は夜間は外国人の方のみが対応している施設もあります。

だから、「できない施設はダメ」という単純な話ではなく、“どこまでなら責任を持てるか”を、最初から共有しておくことが大事なんだと思います。

一緒にやりやすい人には共通点がある

忙しい中でも、「この人とはやりやすいな」と感じる人っています。個人的には、自分に厳しく、相手に優しい人。でしょうか。他人を責める前に、自分が動く。感情をコントロールできる。価値観を押し付けすぎない。まあ、すごく普通のことなんですけど、在宅って“組織の論理”だけじゃなく、“人間性”がかなり出る世界なんですよね。

逆に、「自分は悪くない」「全部相手が悪い」というスタンスになると、一気に関係性が崩れる。在宅医療って、結局チーム戦なので、ここはかなり大きいと思っています。

いち、看護師なんですけど、営業として見られている感覚は持っていたほうが良いですね。◯◯施設のA看護師が…ではななく、◯◯施設はこんな施設だとか、XX訪問看護ステーションのB看護師が…ではなく、XX訪問看護ステーションはこんなケアといったふうに、

所属する組織のイメージがフロントにいる看護師さんで決まるんですよ。

この感覚は病棟にはないですよね?まあその人を教育している組織の責任も一部ありますが。

これからの施設看護師と訪問看護師の関係

5年後、10年後はどうなるんでしょうね。個人的には、施設と訪問看護がもっと一体化していく気はしています。同じ組織の中で、施設看護も訪問看護も担う。

そうすると、情報共有、看護レベル、困りごと、価値観。この辺りが共有しやすくなる。実際、そういう方向性を感じる場面もあります。

ただ、一方で、組織が大きくなると小回りが効きにくくなる問題もあります。なので、「大型化=正解」とも言い切れない。

ここはまだ過渡期なのかなと思っています。

私たちが大事にしたいこと

私たちは、「患者さんのために」という言葉だけでは足りないと思っています。もちろん、それは大前提です。でも実際には、施設の事情、訪問看護の事情、介護保険、人員不足、夜間体制、経営などなどいろんな現実がある。

だからこそ、お互いを“雑に否定しない”こと。まず背景を聞くこと。そして、患者さんの方向を向きながら、現実的な落とし所を探すこと。そんなところが大事なんじゃないかなと思っています。

(引用:漫画「キングダム」)
看護も人だ。と言いたいところですが、先日の論文で病棟ですけど、看護配置数でケアのレベルが変わるってのがでてました。看護は数でもあります。

最後に

施設看護師さんも、訪問看護師さんも、結局かなり頑張っています。しかも、みんな忙しい。だから時々、余裕がなくなるのも分かるんですよね。でも、利用者さんや家族から見ると、「施設」も「訪問看護」も関係なくて、“チーム”として見えています。なので、お互いに少しだけ歩み寄れると、ケアってかなり変わる。

あの、完璧に仲良くする必要はないと思うんです。ただ、「協力して患者さんを支える」という方向だけ共有できたら、それだけでも十分強いチームになるんじゃないかなと思っています。

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