病気が治らない理由は体だけじゃない——疾病利得と自立の話


「体調が悪い方が都合がいいかも」って、ふと思ったこと、ありませんか。

まー、言いにくい…いや言いにくくもないんですけど、僕はあります。
20歳くらいのとき、部活のラグビーで足を骨折して入院したんですね。4週間くらい。

で、これがね、びっくりするくらい楽で。「あ、なんか、のんびりできる…これ、いいな」って思っちゃったんですよ。

もちろん、ケガはしたくないんですけど、でも「休める理由ができた」っていう意味では、どこかホッとしていた。この感覚、ちょっと引っかかりませんか。

余談ですけど、ラグビーやっているやつで辞めたいと思ったことがないやつは偽物か本物です。

毎日、毎日僕らは鉄板の~

日常がきつすぎると、どうなるか。

  • 休む理由がほしくなる
  • やらなくていい状態に逃げたくなる
  • 無理しなくていい環境を求める

で、その結果として、「不調」という形で表現されることがあります。これ、病気がウソだという話ではないです。ただ、“行動としての意味”を持っていることがある、という話です。

犯人は…キミではない!!

現場でよく感じるのは、こういうケースです。「治ったら困る環境が待っている人」は、回復が遅い。

例えば、

  • 退院したらすぐ仕事復帰
  • 家庭での負担が大きい
  • 人間関係がしんどい

こういう場合、体は回復していても、どこかで“戻りたくない”という力が働きます。

腰痛やめまいでもよくあります。腰痛も精神状態が悪いと長期化するって論文もあります。検査では問題が少ないのに、症状が長引く。これ、体の問題というより、環境とのミスマッチが強いケースですね。

正直に言うと、「症状が問題なんじゃなくて、環境が問題だな」と感じることは、少なくないです。

疾病利得

ここで出てくるのが「疾病利得」という考え方です。

簡単に言うと、“病気でいることで、何かしらのメリットを得ている状態”です。

Wikiによると…

病いであることから得られる利益。フロイトによれば、心的な苦痛を回避するために内的葛藤を抑圧し、その結果神経症のような症状へ逃避する第一次疾病利得(primary gain)と、疾病であることで周囲の者や社会から同情・慰め・補償などを得る第二次疾病利得(secondary gain)とに分けられる。精神療法では、これら疾病利得に由来する抵抗を解決し、患者の自我がふたたび現実に立ち戻れるようにすることが治療目標とされる。

例えば、

  • 休める
  • 周囲が優しくなる
  • 責任を回避できる
  • しんどい環境から距離を置ける

これらは無意識で起きます。本人が「得しよう」と思っているわけではありません。

むしろ逆で、「どうにもならない状況」が続いたときに、体が“回避手段”として表現していることが多いです。なので、重要なのは「病気を責めること」ではなく、「何から守ろうとしているのか」を見ることです。

負の連鎖を断ち切るべし

例えば、こんなケースです。

30代の女性。めまいと倦怠感で受診。検査では大きな異常なし。

話を聞くと、

  • 職場の人間関係がかなりストレス
  • でも辞める選択はできない
  • 家族にも弱音を吐けない

結果として、「体調が悪いから休む」という形で、距離を取っている。周囲は優しくなるし、休める(最初は!)。でも根本は変わらないので、症状は続く。こういう状態、実は珍しくありません。

これね、経営陣や管理職も気をつけないといけないんですよ。

キヲツケポイント1:職場環境に原因がないかと疑う

疾患が長期化しているときには環境が悪くないかチェックする。

キヲツケポイント2:公平性を意識する

個人を大切にしたい気持ちは大切です。しかし、公平でないと皆、疾病利得を狙いにいきます(無意識に)。自分が経営陣であれば、賞与で差をつけますね。

ストレスコーピング

じゃあどうすればいいか。大きなことを一気に変える必要はないです。まずは、「自分は何から逃げているのか」を考えてみること。これ、簡単じゃないですけど、重要です。

そのうえで、

  • 環境を少し変える
  • 無理なことを減らす
  • 自分の価値観を見直す

こういう小さな調整を積み重ねる。ストレスコーピング理論ですね。あとは、ゴールを決めることも大事です。「どんな状態になったらOKなのか」を決める。症状だけを見るのではなく、“どう生きたいか”から逆算する感じですね。

対人スキルのレクチャーは医療の仕事の範疇なのか?

医療としてできることには限界があります。症状を和らげることはできます。でも、人生の選択までは決められない。ただ、ひとつ大事にしているのは、「症状が落ち着いた先」を一緒に考えることです。

対症療法だけで終わらせない。

  • その後どうするのか
  • どんな生活に戻るのか
  • 本当に戻りたいのか

こういうところまで、可能な範囲で関わります。正直これは病気の範疇なのか?と思うこともあります。対人スキルや仕事の哲学って感じで。

なので、医者としては少しだけ踏み込みます。これは、合う人と合わない人がいます。

本当の敵を見定めよ!

病気は、単なる“異常”ではなくて、ときに“サイン”でもあります。体が教えてくれていること、ですね。あの、無理に前向きにならなくていいです。ただ、「このままでいいのかな」と思ったときに、少しだけ立ち止まって、自分の状態を見てみましょ。

それだけでも、変わり始めます。まー、難しい話なんですけどね。でも、こんな考え方も知っておくだけでも、だいぶ違うんじゃないかな?

(引用:マンガ「ヴィンランド・サガ」)

疾患や症状という立場を超えて、本当のストレス源を特定し、そして、自らの魂、自分の生きる道がどこにあるのか!?

えぇ、私も迷子です。

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