情報が多すぎる時代の健康管理。“正しい知識”より大事なこと
ネットで調べるほど、不安になることがありますよね。
「この症状、ただの風邪かな」と思って検索したのに、気づいたら重い病気ばかり出てきて、不安になってしまった!しまったぁ!なーんて。
元々不安になりやすい人は特にこの傾向にあります。(全般性不安障害が隠れているかも!?)
特に最近は、ネットの情報量が多いですし、AIも発達してきていますから、今後は「AIに相談したら逆に不安になった」というケースも増えていく気がしています。
もちろん、ネットやAIが悪いわけではないんです。ただ、人間ってどうしても不安になると、“悪い方”に引っ張られやすいんですね。
逆に、あまり気にしないタイプの人は、意外と遠回りしません。でも、心配しやすい人ほど、情報を見れば見るほど「もしかして重大な病気なんじゃないか」となってしまう。
そうすると、症状そのものを冷静に観察できなくなることがあります。
「このくらいで受診していいのかな?」問題
これは本当によく聞かれます。「この程度で病院に行っていいんでしょうか?」っていう質問ですね。で、個人的には、あまり“明確な線引き”はないと思っています。例えば風邪でも、きつければ受診していいと思っています。症状って、医学的な重症度だけじゃなくて、“本人のつらさ”も大事なんですよね。
一方で、知識不足によって不安になっている場合は、判断基準をお伝えできることがあります。最近よく使うのは、「抗微生物薬適正使用の手引き」を患者さんに案内することが多いですね。
医療者が見ているポイント
例えば、医療者はこんなところを見ています。
・熱の高さ
・脈拍
・呼吸状態
・水分が取れているか
・食事ができるか
・意識状態
・経過がどう変化しているか
特に「経過」は皆さん意識されていませんが、かなり大事です。半日で悪化しているのか。1日様子を見て改善しているのか。同じ38度でも、“昨日より悪い”のか、“少し楽になっている”のかで意味が変わります。
んで、実は情報だけでは解決しないことがあります
ここ、結構大事です。患者さんの中には、情報が欲しい人もいます。でも実際には、「情報」ではなく「安心」が必要な場合も多いんですね。つまり、「知識が足りない」のではなく、「不安が強い」というケースです。そういう時って、ネット記事を10本読んでも落ち着かなかったりします。
でも、診察して、「今のところ大丈夫そうですよ」と直接話すことで、安心できる。なので、クリニックって、“薬を出す場所”だけじゃなくて、“重症かどうかを一緒に確認する場所”でもあるんじゃないかなと思っています。いわゆるトリアージ機能ってやつですね。
ヘルスリテラシー=知識量、ではありません
ヘルスリテラシーというと、「健康知識が豊富な人」というイメージを持たれがちです。でも実際は、少し違うと思っています。
上手に医療機関を使える人
例えば、ヘルスリテラシーが高い人って、「次はどうなったら受診した方がいいですか?」「どこを見ておけば危険ですか?」と、“判断基準”を聞いていくんですね。逆に、「ネットでこう書いてあったから絶対これだ」と1つの情報だけで決めつけない。
統計的というか、“可能性”で考えられる人は、結果的に医療機関の使い方も上手です。
例えば、こんなケースがあります
例えば、咳が続いている患者さんがいたとします。以前、副鼻腔炎になった経験があって、「前と同じだと思います」と受診されました。もちろん、その可能性もあります。でも医療者側は、最初から1つの病気だけを見ているわけではありません。肺炎かもしれない。喘息かもしれない。別の感染症かもしれない。いくつかの可能性を同時に考えながら診ています。
一方で患者さんは、“過去の経験”に引っ張られやすい。
これ、人間として自然なんです。なので、「以前こうだったから今回も同じ」と決めつけすぎないことは、結構大事かなと思っています。
医療情報は、実は医療者でも難しいです
「正しい医療情報をどう見分ければいいですか?」これもよく聞かれます。正直、かなり難しいです。
というのも、医療者側も、1つの記事だけで判断しているわけではないんですね。論文を見たり、複数の研究を比較したり、ガイドラインを確認したり。しかも、その研究自体にも限界があります。
製薬会社の影響。統計の偏り。研究条件の違い。
いろんなものを加味して、最終的に「現時点ではこれが妥当かな」を判断しています。だから、一般の方が情報に振り回されるのは、ある意味当然なんです。
今は“情報不足”というより、“情報過多”の時代ですから。ただ、調べない人のことを「情弱(情報弱者)」と揶揄されていた時代もありました。でも、今は情報過多状態です。情報を取捨選択する方が難しく、辛い時代になってきていると感じます。
慢性疾患は、「困ってから」では遅いことがあります
急性疾患は、症状が強いので受診につながりやすいです。でも、糖尿病や高血圧みたいな慢性疾患は、結構ギリギリまで我慢されることがあります。「まだ大丈夫かな」と思っているうちに進行してしまう。
さらに難しいのが、“慢性疾患の急性増悪”です。例えば、
・呼吸器疾患が感染をきっかけに急激に悪化した
・心不全が急に崩れた
みたいなケースですね。
元々悪いからこそ、“いつもの延長”と思ってしまう。ここはタイミングを逃しやすいところだと思っています。
私たちが大事にしていること
個人的に、あまり好きではない言葉があります。「なんでもっと早く来なかったんですか」とか、「この程度で来ても仕方ないですよ」という言い方ですね。だって、分からないから病院に来てるわけです。もちろん、タイミングのアドバイスはします。
「この段階なら少し早いかもしれない」「この症状なら早めに来た方がいい」とはお伝えします。でも、“来たこと自体”を責めても、あまり意味がないと思っています。
ヘルスリテラシーは、“一緒に育てるもの”かもしれません
長く診ている患者さんほど、受診のタイミングが合ってくることがあります。「前に先生がこう言ってたから来ました」っていう感じですね。これは、多分、知識だけではないんです。日々の関係性とか、過去の経験とか、一緒に治療を乗り越えてきた積み重ね。そういうものの中で、“感覚”が共有されていくんだと思います。
なので、ヘルスリテラシーって、「賢い人だけが持っている能力」ではなくて。医療者と患者さんが、一緒に作っていくものなのかもしれません。
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