「腰が痛い」と言えないあなたへ――腰痛と心のつながりを考える


会社での会議が長引いたある朝、ふと立ち上がろうとして「うっ」と腰を押さえる…。こんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。

腰痛は、ありふれた不調のひとつです。日本人の約80%が一生のうちに一度は腰痛を経験するといわれており(2022年国民生活基礎調査)、とくに働き盛りの世代に多く見られます。

しかし、その腰痛。もしかすると、ただの「体の不調」ではないかもしれません。


「どこも悪くない」と言われても、痛いものは痛い

レントゲンもMRIも異常なし。でも、腰は痛い――
こうした「非特異的腰痛」は、腰痛全体の約85%を占めるとされています(腰痛対策:厚生労働省)。つまり、ほとんどの腰痛には明確な“原因”が見つかりません。

そして近年、この非特異的腰痛には、ストレスや心理的要因が密接に関係していることが分かってきました。腰痛診療ガイドラインでは、マインドフルネスや認知行動療法、漸進的筋弛緩法などが効果があると示されています。

とくに、責任の重いポジションにある方、管理職や経営層では、仕事上のプレッシャーや意思決定の重圧が、知らず知らずのうちに体に表れることがあります。

私たちはそれを「心因性腰痛」とは呼びません。ただ、「痛み」と「こころ」は無関係ではいられないのです。


長引く腰痛の背景には「心のサイン」があるかもしれない

腰痛が3ヶ月以上続く場合、それは「慢性腰痛」と定義され、通常の鎮痛薬だけでは改善しにくくなります。この段階では、メンタルケアの視点を含めたアプローチが重要になります。

たとえば、うつ病を背景に持つ患者さんでは、脳の「痛みの感じ方」自体が変化していることがあります。身体的な痛みに過敏になったり、活動量の減少によって筋力が落ちたり、悪循環に陥りやすくなるのです。

そんな時、ただ痛み止めを出すだけでは足りません。


小さな一歩が、大きな変化を生む

当院では、そうした患者さんに対し、以下のような対応を行っています:

  • 痛みに対する正しい理解を共有(痛み教育)

  • スモールステップの運動療法(例:5分の散歩から)

  • ご本人の価値観を大切にした面接(動機づけ面接法)

  • 必要に応じた他院との連携(整形外科での重大疾患の除外、精神科・心療内科との協働)

実際に、うつ病を治療中のある方は、「運動なんてとても無理」と言っていたところから、少しずつ体を動かせるようになり、仕事への自信も取り戻していかれました。
きっかけは、たった5分間の散歩でした。


管理職のあなたへ:「部下に言えない痛み」を持っていませんか?

人をマネジメントする立場は、肉体的な負担よりも「決断」「責任」「孤独」の重みがのしかかります。そんな中で腰痛を抱えることは、自分でも気づかないうちに「こころの疲れ」を知らせるサインかもしれません。「これぐらい、みんな我慢している」と耐えてしまうのは、むしろ危険です。早めに相談することが、結果的に職場への責任を果たすことにもつながります。

一方、部下の腰痛が遷延している場合はメンタルケアを含めたアプローチが必要になります。


企業ができること、私たちができること

現在、腰痛による労働損失は莫大なものとされており、プレゼンティーイズム(出勤しているが生産性が落ちている状態)の主要因のひとつとされています(厚労省「職場における腰痛予防対策指針」2021)。

そのため、企業としても腰痛対策は「個人任せ」ではなく、組織として取り組むべき健康課題です。当院では、腰痛とメンタルヘルスを含めた職場向けのサポート体制を整えており、管理職向けの面談やストレスチェック後のフォローなども行っています。

実は、今回のブログの記事もある産業医に伺っている組織から腰痛についての情報がほしいと依頼があり、そのまとめをブログ用に改変したものです(笑)

「予防」は地味だが、もっとも確実な対策です

1. 静的ストレッチ:毎日の習慣に

運動療法のなかでも、特に「静的ストレッチ」は腰痛予防として効果的です。ゆっくりと息を吐きながら、無理のない範囲で筋肉を伸ばします。入浴後や就寝前の3分間を活用するのがオススメです。

2. 姿勢の工夫と作業の仕方

  • 中腰や前かがみは膝をつく姿勢に切り替える

  • 教材の持ち上げは、膝を曲げて腰を落とす

  • ひねり動作は避け、体ごと正面を向ける

  • 荷物は体幹に近づけて持ち、必要に応じて台車を利用する

どれもシンプルですが、積み重ねが結果を左右します。

3. 同じ姿勢を「続けない」

1時間に1回は、意識的に立つ・座る・歩くを取り入れましょう。足台や椅子の高さを調整し、負担の少ない環境づくりも有効です。



最後に

腰痛は、身体の問題に見えて、その背景には「生き方」や「働き方」が反映されていることも少なくありません。心身のバランスを整えるためには、我慢せず、適切なタイミングでプロの手を借りることが大切です。

まずは一度、ご自身の「腰痛」と向き合う時間を作ってみてください。
そのときに、当院がそっと寄り添えたら幸いです。


参考文献:

  • 日本整形外科学会・日本腰痛学会編『腰痛診療ガイドライン 2019』
  • 厚生労働省『職場における腰痛予防対策指針(改訂第2版)』2021
  • 腰痛と生活習慣,職業:日医雑誌 第150巻・第 7 号/2021年10月
  • 腰痛の予防:日医雑誌 第150巻・第7号/2021年10月
  • 生活習慣と腰痛・関節痛:日医雑誌 第125巻・第3号
  • 職場における腰痛予防対策指針及び解説 :厚生労働省
  • 腰痛の運動療法―ACE(エース)をねらえ!:日医雑誌 第145巻・第 9 号/2016年12月


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