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5月, 2025の投稿を表示しています

医療アクセス、満足度の回復──それでも残る“行きづらさ”に思うこと

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  最近、ある患者さんから「◯◯病院は待ちが長いのよ」とぼやかれました。まあ、それを言うなら「当院が空いてるのは、人気がないからですかね…?」と、冗談のひとつも言いたくなるところです(笑) 日本医療政策機構 が2024年末に実施した最新の 世論調査 が出ていました。「日本の医療制度に満足している」と答えた人が7割近くにのぼりました。これは前年(2023年)より改善している結果です。コロナ禍の混乱としてはタイムラグが大きい気もします。自分が受診する機会が少ないので、原因の推定もなかなか難しいですね。 その裏で私が目を留めたのは、「医療機関へのアクセス」や「待ち時間」に関する不満が根強く残っているという点です。 アクセスの壁──物理的な距離、そして心の距離 調査では、「かかりつけ医まで15分以上かかる」と回答した人が約6割。 とくに高齢の方にとって、これは無視できない距離です。 佐賀のような地方都市でも、高齢者の移動はだんだん難しくなっています。 タクシーの数は減り(神野タクシーさんも閉業)、免許返納後の移動手段としてバスだけが頼みの綱ですが、徐々に便数も減っています。幸い、当院は佐賀駅バスセンターがすぐそばにありますが、それでも「通うのがつらくなった」と感じる方もいます。 そんなときには、必要に応じて訪問診療も行っています。大変ですが、長年培った信頼関係を活かせることを嬉しくも思います。 受診のハードル:「医療費」「予約の取りにくさ」「待ち時間」 また、調査では「受診控え」の理由として、「医療費」や「予約の取りにくさ」「待ち時間の長さ」が挙げられていました。 医療費で意識していることは、コスパを意識して薬剤選択することも多いです。また、リスクコミュニケーションを行ったうえで、検査数をギリギリまで絞って検査を行うこともあります。 予約は、敏先生が居てくれること、平川先生が来てくれたおかげで比較的取りやすくなりました。訪問診療と外来診療を交互に行っていますので、どちらかが院内にいます。連休明けで混み合うこともありますが、予約制を活かした予習とWeb問診などを有効活用しています。 待ち時間で対策で行っているのは、予約制、シュライバー育成(70歳代)、予習ですかね。クレジットカードによる後払いシステムも検討しましたが、他のシステムとの連携が難しそ...

「予約したのに待たされる?」──日本の医療アクセスと時間予約・順番予約の真実

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はじめに:「日本の医療って、待たされるよね?」という誤解 「病院って、結局どこも待たされるよね。」 そんな声を耳にするたびに、私たちは少し寂しい気持ちになります。特にお忙しいビジネスパーソンにとって、「時間を決めて予約したのに、結局待つのなら意味がない」と感じることもあるかもしれません。 でも、少し解説させてください。 “待ち時間があること”と“医療アクセスが悪いこと”は、必ずしも同じではありません。 実は、日本の医療は世界でもトップクラスのアクセスを誇ります。 実は「世界随一のアクセス大国」、それが日本 医療アクセスとは、患者が「必要なときに」「必要な医療に」「過度な負担なく」たどり着けるかを示す概念です。これは単なる利便性の話ではありません。 医療アクセスの良し悪しは、時に命を分ける要因 となります。 この点において、日本の医療は世界的に見ても特異です。特に注目すべきは、2009年に世界的に流行した 新型インフルエンザ(A/H1N1pdm09)パンデミック における日本の対応です。 たとえば日本では、患者2,070万人に対して死亡者は198人、人口10万人あたりの死亡率は0.16人でした。これは、英国(0.76人)、オーストラリア(0.93人)、米国(3.96人)と比較して圧倒的に低く、米国の約25分の1です。早期診断・治療体制の整備と、それを可能にした医療アクセスの良さが、こうした結果を支えました。 特に注目すべきは、リスクの高い 妊婦の死亡例が日本ではゼロ だったことです。 日本 :妊婦の死亡例0人、ICU入院2人 オーストラリア・ニュージーランド :妊婦7人死亡、ICU入院64人 米国 :妊婦56人死亡、ICU入院280人 日本の妊婦のうち感染リスクがあった数万人に対して、 迅速な診断と治療が行われた ことが奏功しました。これは、 アクセスが良く、すぐに医師の判断と治療を得られる医療体制 があったからこその成果です。 パンデミックでは、感染初期に迅速に対応できるかどうかが生死を分けます。欧米諸国では、発症してから医療にアクセスするまで 4日以上 かかることが多く、 迅速診断キットの精度も落ちて治療も遅れがち でした(そしてその頃に薬剤を使用しても効果が薄い)。一方、日本では 発症から48時間以内 に受診する患者が多く、...

「不正請求」の陰にある構造――制度と現場、そして忍び寄るPE的医療の波

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最近報道されたホスピスホームの不正請求――一人の訪問を「二人分」と偽る行為は、言うまでもなく看過できない行為です。しかし、「悪いのはどこか」と問う時、私たちは一歩引いて構造を見直す必要があります。医療機関は、制度に基づいてサービスを提供しており、基本的には政策の“代行者”です。では、なぜこのような不正が起きてしまうのか。その背景には、制度的な歪みと、利用者のニーズの板挟みにある現場の苦悩、そして近年、静かに進行している医療の「ビジネス化」の構造があります。 制度に縛られる医療現場――本当に「選べる自由」はあるのか 緩和ケア病棟への入院要件が厳格化されたり、難病患者の入院環境が看護配置の基準に阻まれたりするなど、制度が求める“効率化”と、実際の医療ニーズには深刻な乖離があります。現場では、患者さんが望む選択肢が「制度上、できない」となることも少なくありません。一方で、自宅での看取りが推奨される中で、介護力のない家庭も多く、「それでも家で看取れ」となると、もはや現場は詰んでしまいます。 このような環境が、「ホスピスホーム」という新しい選択肢を生み出したと考えています。患者と家族のニーズに応える仕組みを制度が用意できなかったがために、民間の創意で補う形で現れたのでしょう。 緩和ケア病棟と診療報酬改定の現実 緩和ケア病棟では患者さんが最期の時間を穏やかに過ごせるよう、入院期間に制限は設けられていませんでした。しかし、近年の診療報酬の改定により、「おおむね1〜2ヶ月程度での退院を目指す」ことが基本方針とされるようになりました。 この方針転換により、医療現場では新たな対応が求められるようになっています。たとえば、「なるべく入院期間を短くしないと転院が必要」と考えるあまり、自宅で限界まで過ごしたうえで緊急入院に至るケースや、入院後に症状が安定しすぎると「転院」を検討せざるを得なくなるような事例も増えつつあります。けれども、だからといって「長期にわたる入院を希望する患者さんやご家族の思い」がなくなったわけではありません。実際には、これまでと変わらず「安心できる環境で、できるだけ穏やかな時間を過ごしたい」という切実な願いが多く聞かれます。 一方で、こうした診療報酬の方針転換や背景にある社会情勢について、患者さんやご家族が詳しく知る機会はほとんどありません。制度の変更は複雑で...

慢性腎臓病(CKD)と向き合う地域医療 

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2025年5月15日、マリターレ創世佐賀にて行われた「imagineプロジェクト」に参加いたしました。何故「imagine」…と質問してみると「今、腎(臓)を考える」というダジャレとのことです(笑) 日本イーライリリーの協賛のもと開催された今回の講演会は、「慢性腎臓病の個別最適化治療 ― 地域レベルのシステムデザイン」がテーマ。講師は、琉球大学 血液浄化療法部の診療教授・部長である古波蔵健太郎先生です。 ■ CKDの早期発見が未来を変える 慢性腎臓病(CKD)は、初期には自覚症状がほとんどなく、気づかないまま進行してしまう病気です。特に糖尿病や高血圧といった生活習慣病のある方は、腎機能に負担がかかりやすく、注意が必要です。 古波蔵先生は講演の中で、 どうやってハイリスクな患者さんをピックアップするのか 忙しい患者さんだけではなく、忙しいかかりつけ医、専門医の3者が効率的に病気を評価し、病状を共有し、治療に結びつけられるか をシステム的にどのようにデザインすべきかを強調されました。 また、「eGFR(推算糸球体濾過量)」や「尿蛋白」のチェックを継続的に行うことの重要性を共有しました。血液や尿のシンプルな検査から、腎臓の状態を早期に見抜くことができるという事実は、私たちかかりつけ医にとって非常に大きな手がかりです。 ■ 忙しい外来診療でもできる工夫とは? 診療現場では時間との戦いが常ですが、そんな中でも「患者さんに伝えるべきことを、いかに効率よく届けるか」が問われています。講演では、 CKDの標準治療をわかりやすく文書にまとめて郵送する という取り組みが紹介されました。これにより、患者さんは自宅で内容を何度も見返すことができ、家族と相談するきっかけにもなります。 eGFR表を使った視覚的な説明 も効果的とのこと。患者さん自身が「自分の腎臓が今どのステージにあるのか」を理解しやすくなり、治療の納得度が高まります。 ■ SGLT2阻害薬など治療の選択肢も進化 近年では、SGLT2阻害薬(例:ジャディアンス)など、腎臓保護効果のある薬剤が登場し、糖尿病性腎症やCKDの進行抑制に期待が集まっています。血糖の管理だけでなく、腎機能の維持にも寄与するという点で、かかりつけ医と専門医が協働して、患者さんごとに最適な薬を選択していく重要性が増しています。 もちろん、...

アジテーションとは“伝えきれない不安”――認知症ケアの現在地と新たな選択肢

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2025年5月26日、佐賀市「グランデはがくれ」にて開催された講演会に参加しました。講師は早津江病院の院長・松永先生。テーマは「アルツハイマー型認知症に伴うアジテーション」、いわゆるBPSD(行動・心理症状)のひとつです。 アジテーション (agitation)とは、患者さんが落ち着かずにそわそわしたり、怒りっぽくなったりする状態。個人的には易怒性や易刺激性とも言っています。ときに暴言や徘徊といった行動も見られ、ご家族や施設スタッフなどケア提供者の大きな負担になります。でも、その背景には、「理解してもらえない」「居場所がわからない」――そんな伝えきれない不安があると、松永先生は語ります。 特に印象に残ったのは、「本人にとって“アジテーション”は苦しみであり、生きづらさのサインなのだ」というメッセージでした。介護する側はつい“困った行動”と捉えがちですが、そこに気づくことが、ケアの出発点になりそうです。アジテーションをケア提供者が怒って対応すると悪循環に陥ってしまうことも印象的でした。(ベテランヘルパーさんからは当然と言われそうですが…) アジテーションはケア提供者の消耗だけではなく、経済的にも悪影響です。アジテーションが医療費にもたらす影響について、米国の研究(Teiglandら, 2024)では、 アジテーションのある患者の 年間 医療費は32,322ドル で、 非該当患者より2,200ドル以上(32万円!)高い と報告されています。入院や急性期ケアが増え、家族・地域の負担も大きくなるのです。 講演では、新たな治療薬「 レキサルティ(ブレクスピプラゾール) 」についても紹介がありました。これは2024年、新たにアルツハイマー型認知症に伴うアジテーションへの適応が認められた薬です。 日本で行われた第II/III相試験では、CMAI( 日本で行われた第II/III相試験では、CMAI( Cohen-Mansfield Agitation Inventory )スコアがプラセボ群に比べて有意に改善 。たとえば1mg群では10週間で-8.5点の改善を示し、プラセボとの差は-1.7点(p=0.0089)と、統計的にも明確な効果が見られました。改善のスピードは2週間で有意差が出ていました(現場が2週間は待てるか!?)。 ただし、副作用もゼロではありません。特に2mg群ではア...