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「10人に1人が“もったいない医療”を受けている?」 ―医療費を考える時代の“かしこい選択”とは―

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はじめに:医療の「無駄」って、誰が決めるの? 「うーん、その検査(薬)要らないと思うよ?」 病院でそんなことを言われたら、ちょっと戸惑うかもしれません。でも今、世界中で注目されているのが「Low-Value Care(LVC)」――つまり「医療としての価値が低い診療」の見直しです。 「医療のムダ」と訳されることもありますが、その言葉には誤解も多く含まれます。今回は、最新の日本の研究をきっかけに、「かしこい医療の受け方」について一緒に考えてみましょう。 論文紹介:「無駄な医療」は誰がやっているのか? 2025年6月にJAMA Health Forumに掲載された研究では、全国のプライマリ・ケア(かかりつけ医)を対象に、10種類のLVC(医療としての価値が低いとされる行為)の実施状況を調査しました【 Miyawakiら, 2025 】:全文無料で読めます:ただし英語。 結果は以下の通り。 対象となった250万人の患者のうち、およそ10人に1人が少なくとも1つのLVCを受けていた。 LVCのうち、上位5つの医療行為だけで全体の95%以上を占めていた。 LVCの約半数は、全体のわずか10%の医師によって提供されていた。 さらに、以下のような傾向も報告されています。 高齢の医師や専門医でない医師によるLVCの提供が多い 患者数が多い医師ほど、LVCの頻度が高い 西日本での提供率が高め こうしたデータは、医療資源の無駄遣いが特定の医師・条件に偏っている可能性を示唆しており、LVC削減の効率的なターゲティングを可能にする材料とも言えます。 個人的には、90%の医師はまともってことは2人の医者が同じようなことを言えばだいたい正しいってことよねってことで安心しました。西日本で多いのは何でだろう? 具体的な「LVC」の中身:実は、身近なものばかり では、その“価値が低い医療”って、一体なんなのでしょうか? 論文で対象となったLVCのうち、頻度が高かった上位5つは以下の通りでした: 風邪(上気道感染症)に対する去痰薬(例:カルボシステインなど) 風邪に対する抗生物質 腰痛に対する注射(神経ブロックやトリガーポイント注射など) 風邪に対するコデインなどの鎮咳薬 腰痛に対するプレガバリン処方 ...

気づき、共有、そして予防へ――チームで支える在宅医療の現場から

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在宅医療では、明確な正解が見えにくい中で、小さな変化や気づきを積み重ねていくことが求められます。 私たち江口医院のチームは、日々の診療に加えて、振り返りや対話を通じて、 気づきの質を高め、連携の力を育てていくプロセスそのものを大切にしています 。 今回のケースカンファレンスでは、心不全という見えにくい病態にどう向き合い、どのように変化に気づき、次にどう活かしていくかをチームで真摯に話し合いました。その中で、 “あのとき”の出来事が、“次の一手”を考えるきっかけとなり、チームとしての視点が広がる ことを改めて実感しました。 私たちは、「うまくいった・いかなかった」ではなく、 そこから何を学び、どう次に活かすか を共有し合うことで、在宅チームとして少しずつ前に進んでいます。 本記事が、他の医療・ケアに携わる方々にとっても、新たな視点のヒントとなれば幸いです。 ■「むくみがない」から安心?在宅医療に潜む盲点 このケースでは、患者さんにいつもより元気がない、倦怠感といった変化がありながらも、明確な「むくみ」や「体重増加」がなく、初動対応が遅れました。 結果として、心不全の診断に至るまで時間を要してしまったのです。 心不全には、左心不全(肺うっ血や呼吸苦) と 右心不全(浮腫や頸静脈怒張) という2つの側面があります。しかし、在宅では、レントゲンをすぐに使えるとは限らず、 「症状がなければ見逃される」という構造的な盲点が存在します。 だからこそ、「いつもできていた動作が最近できない」「なんとなく疲れやすそう」といった微細な変化に目を向けることが、医療チームにとって不可欠なのです。 尚、仮説として肺エコーが使用できないかを考えています。下大静脈は右心不全に至らないと見つかりませんよね。 ■認知症の陰に隠れる“気づき”の難しさ 在宅患者さんの多くは認知症も合併しており、体調の変化を自分から訴えることは困難です。 なんとなく息遣いが悪い。いつもより元気がない(認知症のBPSDの加療を行っているとよりわかりにくくなります)などの気づきは、日常の観察を続けてくださる施設スタッフの存在によって初めて可能になります。 ご本人の小さな変化を察知する力は、私たち医療チームにとってかけがえのない情報源です。 ■プロフェッショナル連携の可能性 POS(Problem O...

「腰が痛い」と言えないあなたへ――腰痛と心のつながりを考える

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会社での会議が長引いたある朝、ふと立ち上がろうとして「うっ」と腰を押さえる…。こんな経験は、誰にでもあるのではないでしょうか。 腰痛は、ありふれた不調のひとつです。日本人の約80%が一生のうちに一度は腰痛を経験するといわれており( 2022年国民生活基礎調査 )、とくに働き盛りの世代に多く見られます。 しかし、その腰痛。もしかすると、ただの「体の不調」ではないかもしれません。 「どこも悪くない」と言われても、痛いものは痛い レントゲンもMRIも異常なし。でも、腰は痛い―― こうした「非特異的腰痛」は、腰痛全体の約85%を占めるとされています( 腰痛対策:厚生労働省 )。つまり、ほとんどの腰痛には明確な“原因”が見つかりません。 そして近年、この非特異的腰痛には、 ストレスや心理的要因 が密接に関係していることが分かってきました。腰痛診療ガイドラインでは、マインドフルネスや認知行動療法、漸進的筋弛緩法などが効果があると示されています。 とくに、責任の重いポジションにある方、管理職や経営層では、仕事上のプレッシャーや意思決定の重圧が、知らず知らずのうちに体に表れることがあります。 私たちはそれを「心因性腰痛」とは呼びません。ただ、「痛み」と「こころ」は無関係ではいられないのです。 長引く腰痛の背景には「心のサイン」があるかもしれない 腰痛が3ヶ月以上続く場合、それは「慢性腰痛」と定義され、通常の鎮痛薬だけでは改善しにくくなります。この段階では、 メンタルケアの視点を含めたアプローチ が重要になります。 たとえば、うつ病を背景に持つ患者さんでは、脳の「痛みの感じ方」自体が変化していることがあります。身体的な痛みに過敏になったり、活動量の減少によって筋力が落ちたり、悪循環に陥りやすくなるのです。 そんな時、ただ痛み止めを出すだけでは足りません。 小さな一歩が、大きな変化を生む 当院では、そうした患者さんに対し、以下のような対応を行っています: 痛みに対する正しい理解を共有(痛み教育) スモールステップの運動療法(例:5分の散歩から) ご本人の価値観を大切にした面接(動機づけ面接法) 必要に応じた他院との連携(整形外科での重大疾患の除外、精神科・心療内科との協働) 実際に、うつ病を治療中のある方は、「運動なんて...

医療アクセス、満足度の回復──それでも残る“行きづらさ”に思うこと

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  最近、ある患者さんから「◯◯病院は待ちが長いのよ」とぼやかれました。まあ、それを言うなら「当院が空いてるのは、人気がないからですかね…?」と、冗談のひとつも言いたくなるところです(笑) 日本医療政策機構 が2024年末に実施した最新の 世論調査 が出ていました。「日本の医療制度に満足している」と答えた人が7割近くにのぼりました。これは前年(2023年)より改善している結果です。コロナ禍の混乱としてはタイムラグが大きい気もします。自分が受診する機会が少ないので、原因の推定もなかなか難しいですね。 その裏で私が目を留めたのは、「医療機関へのアクセス」や「待ち時間」に関する不満が根強く残っているという点です。 アクセスの壁──物理的な距離、そして心の距離 調査では、「かかりつけ医まで15分以上かかる」と回答した人が約6割。 とくに高齢の方にとって、これは無視できない距離です。 佐賀のような地方都市でも、高齢者の移動はだんだん難しくなっています。 タクシーの数は減り(神野タクシーさんも閉業)、免許返納後の移動手段としてバスだけが頼みの綱ですが、徐々に便数も減っています。幸い、当院は佐賀駅バスセンターがすぐそばにありますが、それでも「通うのがつらくなった」と感じる方もいます。 そんなときには、必要に応じて訪問診療も行っています。大変ですが、長年培った信頼関係を活かせることを嬉しくも思います。 受診のハードル:「医療費」「予約の取りにくさ」「待ち時間」 また、調査では「受診控え」の理由として、「医療費」や「予約の取りにくさ」「待ち時間の長さ」が挙げられていました。 医療費で意識していることは、コスパを意識して薬剤選択することも多いです。また、リスクコミュニケーションを行ったうえで、検査数をギリギリまで絞って検査を行うこともあります。 予約は、敏先生が居てくれること、平川先生が来てくれたおかげで比較的取りやすくなりました。訪問診療と外来診療を交互に行っていますので、どちらかが院内にいます。連休明けで混み合うこともありますが、予約制を活かした予習とWeb問診などを有効活用しています。 待ち時間で対策で行っているのは、予約制、シュライバー育成(70歳代)、予習ですかね。クレジットカードによる後払いシステムも検討しましたが、他のシステムとの連携が難しそ...

「予約したのに待たされる?」──日本の医療アクセスと時間予約・順番予約の真実

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はじめに:「日本の医療って、待たされるよね?」という誤解 「病院って、結局どこも待たされるよね。」 そんな声を耳にするたびに、私たちは少し寂しい気持ちになります。特にお忙しいビジネスパーソンにとって、「時間を決めて予約したのに、結局待つのなら意味がない」と感じることもあるかもしれません。 でも、少し解説させてください。 “待ち時間があること”と“医療アクセスが悪いこと”は、必ずしも同じではありません。 実は、日本の医療は世界でもトップクラスのアクセスを誇ります。 実は「世界随一のアクセス大国」、それが日本 医療アクセスとは、患者が「必要なときに」「必要な医療に」「過度な負担なく」たどり着けるかを示す概念です。これは単なる利便性の話ではありません。 医療アクセスの良し悪しは、時に命を分ける要因 となります。 この点において、日本の医療は世界的に見ても特異です。特に注目すべきは、2009年に世界的に流行した 新型インフルエンザ(A/H1N1pdm09)パンデミック における日本の対応です。 たとえば日本では、患者2,070万人に対して死亡者は198人、人口10万人あたりの死亡率は0.16人でした。これは、英国(0.76人)、オーストラリア(0.93人)、米国(3.96人)と比較して圧倒的に低く、米国の約25分の1です。早期診断・治療体制の整備と、それを可能にした医療アクセスの良さが、こうした結果を支えました。 特に注目すべきは、リスクの高い 妊婦の死亡例が日本ではゼロ だったことです。 日本 :妊婦の死亡例0人、ICU入院2人 オーストラリア・ニュージーランド :妊婦7人死亡、ICU入院64人 米国 :妊婦56人死亡、ICU入院280人 日本の妊婦のうち感染リスクがあった数万人に対して、 迅速な診断と治療が行われた ことが奏功しました。これは、 アクセスが良く、すぐに医師の判断と治療を得られる医療体制 があったからこその成果です。 パンデミックでは、感染初期に迅速に対応できるかどうかが生死を分けます。欧米諸国では、発症してから医療にアクセスするまで 4日以上 かかることが多く、 迅速診断キットの精度も落ちて治療も遅れがち でした(そしてその頃に薬剤を使用しても効果が薄い)。一方、日本では 発症から48時間以内 に受診する患者が多く、...

「不正請求」の陰にある構造――制度と現場、そして忍び寄るPE的医療の波

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最近報道されたホスピスホームの不正請求――一人の訪問を「二人分」と偽る行為は、言うまでもなく看過できない行為です。しかし、「悪いのはどこか」と問う時、私たちは一歩引いて構造を見直す必要があります。医療機関は、制度に基づいてサービスを提供しており、基本的には政策の“代行者”です。では、なぜこのような不正が起きてしまうのか。その背景には、制度的な歪みと、利用者のニーズの板挟みにある現場の苦悩、そして近年、静かに進行している医療の「ビジネス化」の構造があります。 制度に縛られる医療現場――本当に「選べる自由」はあるのか 緩和ケア病棟への入院要件が厳格化されたり、難病患者の入院環境が看護配置の基準に阻まれたりするなど、制度が求める“効率化”と、実際の医療ニーズには深刻な乖離があります。現場では、患者さんが望む選択肢が「制度上、できない」となることも少なくありません。一方で、自宅での看取りが推奨される中で、介護力のない家庭も多く、「それでも家で看取れ」となると、もはや現場は詰んでしまいます。 このような環境が、「ホスピスホーム」という新しい選択肢を生み出したと考えています。患者と家族のニーズに応える仕組みを制度が用意できなかったがために、民間の創意で補う形で現れたのでしょう。 緩和ケア病棟と診療報酬改定の現実 緩和ケア病棟では患者さんが最期の時間を穏やかに過ごせるよう、入院期間に制限は設けられていませんでした。しかし、近年の診療報酬の改定により、「おおむね1〜2ヶ月程度での退院を目指す」ことが基本方針とされるようになりました。 この方針転換により、医療現場では新たな対応が求められるようになっています。たとえば、「なるべく入院期間を短くしないと転院が必要」と考えるあまり、自宅で限界まで過ごしたうえで緊急入院に至るケースや、入院後に症状が安定しすぎると「転院」を検討せざるを得なくなるような事例も増えつつあります。けれども、だからといって「長期にわたる入院を希望する患者さんやご家族の思い」がなくなったわけではありません。実際には、これまでと変わらず「安心できる環境で、できるだけ穏やかな時間を過ごしたい」という切実な願いが多く聞かれます。 一方で、こうした診療報酬の方針転換や背景にある社会情勢について、患者さんやご家族が詳しく知る機会はほとんどありません。制度の変更は複雑で...

慢性腎臓病(CKD)と向き合う地域医療 

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2025年5月15日、マリターレ創世佐賀にて行われた「imagineプロジェクト」に参加いたしました。何故「imagine」…と質問してみると「今、腎(臓)を考える」というダジャレとのことです(笑) 日本イーライリリーの協賛のもと開催された今回の講演会は、「慢性腎臓病の個別最適化治療 ― 地域レベルのシステムデザイン」がテーマ。講師は、琉球大学 血液浄化療法部の診療教授・部長である古波蔵健太郎先生です。 ■ CKDの早期発見が未来を変える 慢性腎臓病(CKD)は、初期には自覚症状がほとんどなく、気づかないまま進行してしまう病気です。特に糖尿病や高血圧といった生活習慣病のある方は、腎機能に負担がかかりやすく、注意が必要です。 古波蔵先生は講演の中で、 どうやってハイリスクな患者さんをピックアップするのか 忙しい患者さんだけではなく、忙しいかかりつけ医、専門医の3者が効率的に病気を評価し、病状を共有し、治療に結びつけられるか をシステム的にどのようにデザインすべきかを強調されました。 また、「eGFR(推算糸球体濾過量)」や「尿蛋白」のチェックを継続的に行うことの重要性を共有しました。血液や尿のシンプルな検査から、腎臓の状態を早期に見抜くことができるという事実は、私たちかかりつけ医にとって非常に大きな手がかりです。 ■ 忙しい外来診療でもできる工夫とは? 診療現場では時間との戦いが常ですが、そんな中でも「患者さんに伝えるべきことを、いかに効率よく届けるか」が問われています。講演では、 CKDの標準治療をわかりやすく文書にまとめて郵送する という取り組みが紹介されました。これにより、患者さんは自宅で内容を何度も見返すことができ、家族と相談するきっかけにもなります。 eGFR表を使った視覚的な説明 も効果的とのこと。患者さん自身が「自分の腎臓が今どのステージにあるのか」を理解しやすくなり、治療の納得度が高まります。 ■ SGLT2阻害薬など治療の選択肢も進化 近年では、SGLT2阻害薬(例:ジャディアンス)など、腎臓保護効果のある薬剤が登場し、糖尿病性腎症やCKDの進行抑制に期待が集まっています。血糖の管理だけでなく、腎機能の維持にも寄与するという点で、かかりつけ医と専門医が協働して、患者さんごとに最適な薬を選択していく重要性が増しています。 もちろん、...