在宅医療で情報共有って、そんなに難しいの?——現場で感じる“質の違い” 第7回 日本在宅医療連合学会大会 in 長崎に参加して


在宅医療連合学会大会 in 長崎に参加してきました。近いので当院スタッフも一緒に参加してきましたよ。プチ旅行な気分です。表の情報と裏の情報を収集してきました…(にやり)今回は在宅医療連合学会で手に入れたキーワードに対しての感想や考察ブログです。

在宅医療の現場で「情報共有が大事だよね」と言うのは簡単ですが、実際にやってみると、これが想像以上に難しい。いや、「難しい」というよりも、そもそも“情報”の質がバラバラなんですよね。

たとえば——
どの職種に、どんな情報を、どのくらいの粒度で伝えればよいのか。それは状況によって変わりますし、記録者の視点でも変わる。口頭で済む場面もあれば、文章や画像、動画が適している場面もある。そして当然ですが、「誰が記録するのか」「どこまで書くのか」「その作業が本当に現場にとって負担でないか」——ここも重要な論点です。

在宅医療の難しいところは、病院と違って医師は全てのチームリーダーではないんですよね。介護士さんに情報の共有を指導することは出来ず、「お願いベース」なんですよね。

また、情報共有で思い出すのは、病棟勤務時代のやり取りです。
医師「ちょっと、XXをOOさんに点滴しといて~」
看護師「……すみません、それは指示簿に書いてください」
この一連の“あるある”は、在宅医療でも形を変えて繰り返されます。
医師「チャットに書いたよ!」
看護師「いえ、それは正式に訪問看護指示書へ記録をお願いします」
といった具合です。

つまり、情報共有とひとことで言っても、その質・伝達経路・正式性がぐちゃっとしていて、現場は常に揺れ動いているわけです。
「これは共有すべき?」「これは誰宛?」「どこに書くのが正解?」——こんな問いを、在宅医療に関わる人たちは日常的に繰り返しています。


ツールを食べて、咀嚼して、育てる——SlackとLINEの併用

そんな中、当院で比較的うまく回っているのが、SlackとLINEの併用です。

Slackは、スレッド機能とチャンネル設計が秀逸で、情報の流れを視覚的に把握しやすいのが強みです。特に「これは誰宛なのか」「どこで議論が進んでいるのか」が見えやすく、チーム医療における“見える化”には向いています。ただし、医療業界全体では普及率がまだまだ低め。

一方、LINEはもう説明不要なほど普及しています。当院では公式LINEアカウントを使って、患者さんやご家族との連絡をしています。たとえば、ご家族への病状説明をしたいけど、時間が合わない——そんなときも、LINEで質問を受けて、後からまとめて返すなどのやり取りができる。これは働き方改革の観点からも、無理のない連携方法として重宝しています。

とはいえ、LINEにもSlackにも共通する課題があります。
運用ルールが未成熟ということ。
「誰に向かって発信するのか」「誰が責任を持って対応するのか」「既読スルーにならない工夫はあるのか」——こういったルールはまだまだ試行錯誤中で、「みんなが見てるから大丈夫だよね」では済まされない場面も多いのです。


情報共有は“病棟なき病棟”をつくる作業

在宅医療というのは、言ってみれば「病棟なき病棟」です。慢性期の患者さんをケアするのが主な仕事です。
医師・看護師・薬剤師・リハビリ職が、それぞれバラバラの組織・拠点から動き、同じ患者さんを診ています。でも、記録はバラバラ。カルテは統一されておらず、FAX、電話、チャット、紙、画像、全部ごちゃまぜ。

かつて病棟では、「カルテを見れば一通りの情報が揃う」という感覚がありました。
でも、在宅になるとそれが崩れます。情報は拡散し、連携の手間が爆増!つまり、在宅医療とは、「国が病棟から在宅へ」と進めた医療政策の中で生まれた、情報共有の労力が増す構造なのです。

しかも、訪問看護ステーションが一つならまだしも、複数のステーションが入り乱れている場合、それぞれの看護記録や申し送り、連絡手段がバラバラになることもあります。現場は混乱しますよね~。

現場のリーダー格である訪問看護ステーションのリーダーや、施設看護師のリーダー層が鍵になります。彼らとどれだけ共通認識を持てるか。そして彼らにどの程度のICTリテラシーがあるか。ここに成否がかかっていると、日々感じています。


在宅医療の“情報の壁”を超える——MCS、KanaVo、BizRoboの可能性

MCSは情報の「井戸端会議」になれるのか?

現在、当院で導入を検討しているのが、メディカルケアステーション(MCS)というシステムです。特徴は、医療・介護職が一堂に集まれる非公開SNSのような空間で、チャットベースの情報共有が可能なこと。画像やPDF、動画も貼れますし、記録として残る安心感もあります。そして、ビデオ通話も可能!

ただ、導入にあたっては悩ましい点も。

「新しいプラットフォームをまた一つ増やすのか?」問題です。

Slack、LINE、カルテ、電話、メール、紙の記録……これらすでに多重構造で情報が流れている中に、MCSをどう“繋ぎ役”として位置付けるか。ここが腕の見せ所です。見なければ行けないところが増えると、見落としも増えるんですよ。病棟で言えば、モニターが付いていても見なければ意味はないんです!!

そういった意味では、情報共有を語るときにいかに不要な情報をシャットアウトするかも大きなポイントです。しかし、誰がどの情報が要らないかがまだ集約されていない状況なのではないでしょうか。

もしうまくいけば、MCSは「これは誰宛?」「どこに書けばいい?」という現場のモヤモヤを吸収できる“公園の掲示板”のような場所になるかもしれません。
訪問看護師さんが「今日の○○さん、いつもより疲れていた感じ」と写真や動画付きで投稿し、薬剤師が「そういえば薬の副作用が出る頃かも」とコメントする——そんな風景が実現したら、医療の質も上がるし、
“つながっている”という安心感も生まれます。

ただし、繰り返しになりますが、これはツールではなく、運用ルールの設計が肝なんです。
「誰が見る?」「いつまでに反応する?」「これは報告?相談?連絡?」
このあたりを曖昧にしたままスタートすると、皆“情報の渦に巻き込まれて溺れてしまう”。情報の渦に巻き込まれると、大事な情報も相対的に小さくなるんですよね。
導入前も、「導入後も」、ステーションのリーダー層や介護現場のキーマンとの合意形成が不可欠です。


音声入力は“魔法”じゃない。でも、ルーチン作業以外には強い

さて、もう一つの挑戦が音声入力の活用です。在宅医療学会ではKanaVoさんが紹介されていました。
当院でも使用しているGoogleの音声入力や、Pixelスマートフォンに搭載されている音声認識は、年々精度が上がってきています。

私たちもいろいろ試しましたが、定期受診は「辞書登録による補助」が現場では有効でした。ある程度のテンプレートを辞書に登録しておくことで、ルーチンワークが格段に早くなります

高齢の医師やスタッフには、音声入力に不慣れな場合もありますが、そこは「AIで入力」ではなく「クリックで選択できる定型文」という落としどころも選べます。
“未来っぽい技術”をそのまま入れるのではなく、“今できる形”に翻訳して現場へ届けること。これが、導入する側の責任なのだと思います。


RPAで業務自動化? そんなに甘くなかった

RPAもよく話題にあがりました。学会でよくキーワードになったのはBizRoboさんです。当院でもチャレンジしたのが、Windows標準のPower Automateを使った業務の自動化。
「診療前に、定型のカルテを自動で入力できたらなぁ」ということで試作してみました。

が——結論から言うと、かなり面倒でした。

まず、カルテの相性としてRPAの「マウス座標」で動作させました。そうするとカルテのUIが変わると全ての調整が必要になります。また、「開く→待機→クリック→入力→保存」……という一連の流れに“待機時間”を入れる必要があり、タイミングがずれるとすぐエラー。
結局、手動でやった方が早い、とまでは言えませんがなかなかな手間です。

ただし、これはRPA自体の問題というよりは、Tabキーで動くとRPAと相性が良さそうです。
もし今後、医療業界全体で「RPA対応インターフェースを持つカルテ」が出てきたら、流れは一気に変わるでしょう。


“正解”はなくても、“問い”は持ち続けたい

在宅医療は、「つなぐ医療」です。
病院と在宅、医師と看護師、家族と専門職、そして今ではAIやシステムとも「つながり」を築かなければいけません。

でも、どんなツールを使おうと、どんな技術を導入しようと、最後に求められるのは人の意思です。

  • それ、本当に現場で役に立ってる?

  • 記録を増やしてない? 減らせてる?

  • みんなの視線が同じ方向を向いてる?

こうした“問い”を持ち続けながら、あらゆるICTを食べて、咀嚼して、消化して、活かす。
そのプロセスこそが、医療現場における“デジタル化”の本質なのだと思います。

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