がん患者のメンタルサポートにおける重要な概念:令和6年度 第3回 佐賀県がん診療連携拠点病院緩和ケア症例検討会


がん患者や終末期医療におけるメンタルサポートは、患者本人だけでなく、家族や支援者にとっても重要な課題です。現在、がんの在宅医療に関わっている先生方は内科や外科の医師が多く、精神科の医師は少なく感じています。一方、緩和ケア病棟には精神科の医師の配置基準があるので羨ましいです。

そんな中、佐賀大学医学部附属病院 精神神経科 助教 松島 淳 先生のメンタルケアに対する講演を聞く機会があったので、その中から個人的なトピック、キーワードを紹介します。本記事では、メンタルケアに関連する重要な概念を紹介し、実践的な視点を提供します。

1. デモラリゼーションとは

デモラリゼーション(Demoralization)とは、深い無力感や希望の喪失、目的の喪失を指し、がん患者において特に顕著に見られる心理的状態です。うつ病とは異なり、持続的な抑うつではなく「どうしてよいかわからない」という感覚が特徴です。適切なメンタルケアや支援により改善が期待できます。

2. PTSDの自然回復経過と幸福感の設定値理論

がん患者は診断や治療の過程で強いストレスを経験し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症することがあります。しかし、PTSDには自然回復の経過があり、多くの患者は時間とともに症状が軽減します。お話では1年で9割は自然回復するが1割が回復しきれず、支援が必要とのことでした。

公認心理師になる前に、ストレスについていろんな書籍を読み漁ったことがあります。その中の「幸福感の設定値理論」を思い出しました。幸福感の設定値理論によると、人の幸福感は一時的なストレスや困難によって低下しても、時間が経てば元のレベルに戻る傾向があります(この回復のスピードをレジリエンスと言っても良いのかもしれません)。逆に嬉しいこと(宝くじに当たったなど)も元のレベルに戻ります。この考え方を理解し、患者が前向きな気持ちを取り戻す支援が重要です。

ちなみに、設定値が戻りにくいイベントが、「通勤時間」と「介護」だったと記憶しています。

3. レジリエンス(回復力)の重要性

レジリエンス(Resilience)とは、困難な状況に直面しても適応し、回復する力を指します。がん患者においては、病気の受容や治療への適応を促す要素として重要です。家族や医療従事者が患者のレジリエンスを高めるためには、肯定的な言葉かけや小さな成功体験の積み重ねが有効です。

4. TALKスキルとコミュニケーション

TALKスキルは、患者や家族とのコミュニケーションを円滑にするための技術です。

  • T(Tell):率直に伝える
  • A(Ask):相手の気持ちを尋ねる
  • L(Listen):傾聴する
  • K(Kindness):優しさを持つ

このスキルを活用することで、がん患者が抱える不安や孤独感を和らげ、支援者との信頼関係を築くことができます。

このスキルを見て思い出したのが、カール・ロジャーズの3原則です。公認心理師試験にもよく出るポイントです。聴く側が大切にしたい傾聴の3原則として「共感的理解」「無条件の肯定的関心」「自己一致」が大切と言われています。これって親子の会話にも大切なポイントですよね(怒ってばっかり👹)。

自己一致

自己一致とは、支援者が自分の感じていることと、クライエントと向き合う際の言葉や態度が一致している状態を指します。支援者が飾らず、ありのままの誠実な姿勢で接することで、クライエントも自分自身を偽らずに心を開きやすくなります。

無条件の肯定的関心

無条件の肯定的関心とは、クライエントの考えや感情、行動を支援者の価値観を交えずに、そのまま受け止める姿勢のことです。クライエントが「自分は受け入れられている」と感じることで、安心して自由に自己表現できるようになります。

共感的理解

共感的理解とは、「相手の立場に立って物事を捉えること」を意味します。クライエントの今この瞬間の気持ちや状況を深く理解し、それを適切に伝えることで、クライエントは自分の気持ちをより自由に経験し、整理することができます。

ケースとしてはこのような状況です。

登場人物:佐藤先生(医師) 山田さん(がん患者) 田中さん(看護師)


1. 共感的理解

山田さん:「先生、病気が進行していると聞いて、正直なところ不安でたまりません。どうすればいいのかわからなくて……。」

佐藤先生:「山田さん、それはとてもつらいお気持ちですね。病状が進行することで、先の見えない不安や恐怖を感じるのは、とても自然なことです。」

田中さん:「私も、これまで多くの患者さんと接してきましたが、不安を抱えながらも、自分のペースで向き合っていく方も多いですよ。山田さんの気持ち、しっかり受け止めています。」

佐藤先生:「無理に前向きにならなくても大丈夫ですよ。お話をしながら、一緒に考えていきましょう。」


2. 無条件の肯定的関心

山田さん:「正直、もう治療を続けるべきなのかも分からなくなってきました。周りの期待に応えなきゃって思うけど、本当にそれが自分のためなのか……。」

佐藤先生:「どんな考えや気持ちも、山田さん自身の大切な一部です。どんな選択をされても、私は山田さんを尊重しますよ。」

田中さん:「そうですよ。どんな決断をしても、私たちは変わらずに寄り添います。一緒に考えていきましょうね。」


3. 自己一致

山田さん:「先生はいつも冷静に話してくれるけど、本当はどう思ってるんですか?」

佐藤先生:「私も人間なので、時には『何かできることはないか』と無力感を感じることもあります。でも、私は山田さんに正直でいたいし、誠実に向き合いたいと思っています。」

田中さん:「私も、時々不安になることがあります。でも、山田さんに正直に向き合いながら、支えたいという気持ちは変わりません。」

山田さん:「そう言ってもらえると、少し安心します。先生も田中さんも、本当に私のことを考えてくれているんですね。」

佐藤先生:「もちろんです。私たちは、山田さんがどう感じているかを大切にしながら、共に歩んでいきたいと思っています。」


5. ロールテイキングと支援者の理解

ロールテイキング(Role-taking)とは、相手の立場に立って考えることを指します。医療従事者や家族ががん患者の心理状態を理解し、適切な支援を行うためには、患者の視点を持つことが不可欠です。例えば、治療の選択肢や生活の変化について、患者の立場でどのように感じるかを考えることで、より共感的な対応が可能になります。

6. 仲間と味方の違い

このキーワードは個人的に最も興味深いものでした。メンタルヘルスの支援において、「仲間」と「味方」は異なる役割を持ちます。

  • 仲間:同じ立場や経験を共有する人々(例:患者同士のピアサポート)
  • 味方:患者の気持ちに寄り添い、支援する立場の人々(例:医療従事者、家族)

患者が安心して話せる「仲間」を見つけることも重要ですが、医療従事者や家族が「味方」として支えることで、患者がより前向きに過ごせるようになります。

まとめ

がん患者や終末期医療におけるメンタルサポートには、デモラリゼーションの理解、レジリエンスの向上、TALKスキルの活用、ロールテイキングの視点、仲間と味方の違いの認識が重要です。これらの概念を取り入れることで、患者やその家族がより充実したサポートを受けられる環境を整えることを目指したいですね。

そして、精神科の医師や心理士さんとチームを組めたら、もっと良いなぁと思っています。

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